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<title>ロータリークラブ</title>
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<title>第１４３９回例会</title>
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<description>卓話「ロータリーについて」　　小田原ロータリークラブ名誉会員　簑島清夫様 　久々にお邪魔いたしましたが、小田原ロータリークラブと“親子”の関係にあるせいか、とても良く似た雰囲気なので気が休まります。 　私がロータリークラブに入会したのは１９６０年で、当時は山梨・静岡・神奈川の３つの県が一緒になって３５９地区と呼ばれていました。地区委員になると甲府や浜松まで出かけなくてはならなかったのですが、それが縁で知り合った友人や、インターアクト、米山奨学会などで係わり合った知人たちとは今でも親交を深めています。「ロータリーは人を作り、友達を作り、感動を分け合う」といいますが、まさにそのとおりだと思います。 　余談ですが、ロータリークラブが設立された１９０５年（明治３８年）２月２３日は、偶然にも貴クラブの例会が開かれる「木曜日」でした。貴クラブの創立は国際ロータリークラブ７５周年の年（１９８０年）で、その年のターゲット（現在はテーマ）は“奉仕の火で道を照らそう”でした。創設以来７５年間培われたこの精神は、小田原中ロータリークラブ誕生に伴い、再び表舞台に出たのです。３０周年の節目に当たりあらためて心の中に留めて頂きたいと思います。 　ロータリーの精神はオリンピックの聖火に例えられ、世界各国に伝わり善意をもった奉仕活動が１世紀以上にわたって続けられてきたのです。 　貴クラブ設立時は伊藤茂ガバナーで、分区代理は吉田孝会員のご尊父の吉田健二氏でした。地区委員には私と、梅津会員、高橋謙作氏が選任されました。 　私は現在、小田原ロータリークラブの名誉会員として、また小田原北ロータリークラブの特別代表という形でロータリーに係わっていますが、今日までの５０年にわたるロータリアン人生の中で、最も感動したのは１９６３年１１月６日のことです。インターアクトの創設者で東洋初のＲＩ会長となられたインドのラハリー氏を小田原ＲＣの例会にお迎えしたところ、手を合わせ深々と頭を下げられたその姿とインターアクトへの熱意に心を打たれ、私がインターアクトに没頭するきっかけとなったのです。ラハリー氏は「内部に火を燃やそう」というテーマを掲げ、いかなる善行や奉仕も善意の心が宿っていなくては本物ではないと強調されました。 　最近はどこのロータリークラブも均一化されて特徴が失われているように思えてならないのです。ロータリークラブの活動は、ＲＩや地区からの通達に従うだけではなくもっと自主的に進めてもらいたいと思います。かの米山梅吉翁は「各々のクラブなりの運営をしても構わない」と明言しています。そして、ラハリー氏の言葉のように、心の中に善意の火を燃え上がらせて奉仕を実践すれば、奉仕を通じての感動が自分に与えられると思います。感動なき行動より感動ある行動を、そして、相手の心に入り込むような奉仕活動を心がけてください。始めるだけでなく、継続することも考えてください。 　私は今、与えられた１日２４時間をどう生きるかということを常に考えながら日々を過ごしています。永平寺住職の著書に「欲は多すぎてはいけないが、少欲を持たなければ人間は生きていけない」また、「足るを知ること。足るを知った時に初めて満足となり、それは幸福につながることでもあって、幸せになったら感謝をする」と書かれていました。そして、今の私には何が必要なのだろうかと考えるようになり、書く・話す・考えるという３つを自分なりにしっかりやることだと決めました。 　年齢は誰にでも平等に課せられたものであり、かつ減っていくものではありません。皆様も何年か後の自分の生き方について、ゆっくり考えてみてはいかがでしょうか。 　重ねて申しますが、善意の心をもって奉仕活動を実行してくださることを改めてお願いいたします。...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2010-03-04T19:16:47+09:00</dc:date>
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<title>第１４３７回例会</title>
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<description>卓話「つくしんぼ教室について」 小田原市福祉健康部障がい福祉課主幹通園事業担当主査　栢本恵子様 　このたびは貴クラブよりエアートランポリンなどの器具を寄付して頂き、心より感謝申し上げます。皆様のご厚意を忘れずに、全員で大切に使用させて頂きます。 　つくしんぼ教室では、①乳幼児の健やかな成長を保障し、心身障がい児の発生予防・早期発見・早期療育のため保健医療などと連絡を図り、発達相談・経過看察・療育指導を行っています。②保護者と一緒に通園するなかで、日常生活における基本的動作を習得し、集団生活に適応することができるよう子どもの身体および知的発達の状況、ならびにその置かれている環境に応じて適切な指導および訓練を行っています。③保護者の抱える問題を理解し、共に考え、子どもの発達を促すための援助を行っています。また、発達に遅れのある子、言葉を話し始めるのが遅い子、機能的訓練が必要な子、人への関心が薄い子、友だちと遊べない子、こだわりや気になる癖のある子、気持ちが不安定な子、落ち着きのない子などが保護者と一緒に通園してきていますが、対象は市内在住で成長過程で様々な問題を抱えている就学までの乳幼児です。障がいの症状や段階によってグループに分け、それぞれ異った保育を創意工夫しながら進めていることも特色だと思います。 　当教室と他機関とのつながりについては、卒園時のフォローとして幼稚園・保育園・小学校とのつながりを継続させています。また、県立総合療育相談センターとの連携として巡回リハビリテーション事業や早期療育事業などに係わり、発達障がい児の支援として巡回療育相談事業を県の関係機関と相談しながら進めています。 　最近の傾向としては、初回に参加する年齢が少しずつ高くなっているようで、今でも２歳前後が一番多いのですが、４歳くらいになって初めて電話相談をしてくるお母さんもいらっしゃいます。幼稚園や保育園に通っている幼児が当教室へ併用して参加しているケースが増え、当教室を卒園した子の弟や妹さんがつくしんぼ教室へ参加する例も多くなっているようです。そして、母親だけでなく家族全体での支援件数も増えていますので、児童相談所や保健福祉事務所、市の健康づくり課・子育て支援課・教育委員会など他機関との連携の重要性を感じます。 　これからの課題といたしましては、療育内容プログラムの充実、建物の老朽化と不便性の解消、保育機会の増加などがあげられます。現在、私が全ての部分に係わっているので、とかく相談窓口業務がおろそかになっているのではないかと気にかかっていますので、改善していかなくてはならない点の一つだと思います。幼稚園や保育園の巡回相談や他機関との療育ネットワーク作りの整備も課題でしょう。 　小田原市では、平成２３年４月から発達障がいが疑われる児童に対して早期支援を行う仕組み作りに取り組む「早期発達支援モデル事業」を始めます。つくしんぼ教室は、家庭から出て初めて集団への一歩を踏み出す場所ですので、私たち職員は先ず保護者との相互理解から始めています。中には我が子の現実を受け入れられないお母さんもいらっしゃいますので、母親と信頼関係がうまく築けなければ先へは進めません。何らかの障がいを持つ我が子に対し母親が可愛いさと可能性を実感すること、子どもが自分の好きな遊びを見つけ、その子の良さを発揮しながら元気に楽しく過ごせることが一番大切であり、そこから次の一歩が始まるのだと信じています。 　つくしんぼ教室では毎年、お母さんたちの切実な思いを綴った「文集」を発行していますが、それに目を通すとき、責任の重大性と喜びを感じるのです。　一人でも多くの子が卒園できるよう、また明日から子どもたちと一緒に過ごします。...</description>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2010-02-18T16:49:36+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000693.html">
<title>第１４３６回例会</title>
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<description>３０周年記念事業経過報告 小林泉３０周年記念事業実行委員長 　３０周年の基本テーマ・コンセプトとして、第２７８０地区の教育環境の実情をふまえながら「子育て支援」を挙げ、委員長の方々にはそれに沿った事業計画を検討して頂くようにお願いいたしました。 　ＩＭでの和田重宏氏の講演にもあったように、生きるのに不可欠な躾を受けていないような両親から“人”として生まれても“人間”になっていないというのが現実のようです。人間であるためには、集団で生活できる力と社会生活で自分を守っていく力を備えなくてはいけないということです。このために、微力ながらロータリークラブも協力していこうと思います。 　そこで、計画事業の一つとして小田原市周辺の弱者支援活動のため小田原市障害者通園施設「つくしんぼ教室」へ遊具を寄贈いたしました。また青少年育成事業として、神奈川県体育協会の「いじめ防止事業」への協賛として経済的援助を行い、スポーツを通じて健全な青少年育成の一端を支えていきたいと考えています。記念講演には脳科学者の池谷裕二氏をお招きして、「今の若者の考え方や行動をコントロールする脳は私たちの脳とどう違うのか、私たちが自分の脳をいかに柔らかくすれば若者に付き合える脳にしていくことができるのか」などといったテーマで話を進めて頂くことになると思います。皆様のご協力をもって、成功させたいと思います。 井島誠行同事業総務委員長 　現段階での実施要項を配布いたしましたので、お読みください。１４時から第一部の記念講演、１５時４５分から第二部の記念式典、１７時３０分からは第三部の祝賀会に移ります。当日は一応１３時集合とし、１４時までに全員の集合記念写真撮影を行いますので心に止めておいてください。 　先ほど報告されました「つくしんぼ教室への支援事業」については地区より２，０００ドル（１８万円）の補助金が支給されることになりました。 　記念講演の演題は変更されることも考えられますが、第三者からの評判もよく、記念事業のテーマに合ったものであり皆様の期待に沿えるものと楽しみにしています。 　招待者の内訳は、地域関係者４名・ロータリー関係者４２名・奨学生２名とし、会員および家族を含めて計１３０名を予定していますが、一人でも多くのご家族のご出席をお待ちしています。 　総費用としては、事前の予算内で収めるように努力しています。当日の記念品はレターオープナー付き電波時計と講演者・池谷裕二氏の著書とし、記念誌は式典の模様・内容を含めたものとし、後日お渡しすることにいたしました。 　最終的な実行委員会組織表のもとに全会員が協力して、楽しく素敵な３０周年記念事業ができるようにしたいと思います。...</description>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2010-02-04T18:44:21+09:00</dc:date>
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<title>第１４３５回例会</title>
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<description> 第９グループ新年合同例会 近況報告王濤さん（米山奨学生） 　東海大学にて臨床心理学を勉強中、修士課程卒業、博士課程進学。 　母国中国で産婦人科の医者として９年間勤めたが患者の心理障害に悩んだ。２００２年から２年間体外受精の仕事もしていた。１９７８年体外受精による赤ちゃん誕生で不妊治療は大きく進化を遂げた。中国でも１９８８年より不妊治療の技術の進歩は著しく、現在は、専門的医療機関の不足、高額な治療費、社会の誤った認識など様々な問題を抱える患者の精神的ストレス、経済的不安が大きい。中国は、日本や欧米諸国と比べると不妊に悩む人の精神的社会的サポートする体制が整っておらず遅れている。ある雑誌に日本の臨床心理の記事が載っていて、その記事に惹かれ入学となった。今日に至るまで研究をしている。留学という機会を生かし尽力し、日本での成果を中国で生かしたい。私は人々との交流を広げるため、ロータリーの米山奨学生に応募し、奨学生になった。今、世話になっている足柄Ｒ.Ｃ.はとても温かいクラブ。この米山奨学生制度は素晴らしい、ロータリアンと人との付き合いが出来、人生最大の財産が出来た。 近況報告 マリーン・パデットさん（青少年交換学生） 　私が今行っている小田高は、ルクセンブルクの学校とは違う。ルクセンブルグは食堂で食べるが、今はお弁当。私はお弁当が大好き。授業中は静かで彼らはとてもシャイ。ルクセンブルグでは授業中喋るし遊ぶこともある。１６歳で煙草、お酒はＯＫ。電車の中で食べるし、道でキスもする。しかし、フランスでは鼻をすすることは凄く悪い。日本とマナーがだいぶ違うが、私はどちらも好き。違いがとても面白い。 卓話者紹介瀬戸弘之会長（箱根Ｒ.Ｃ.） 　日頃ロータリーの新世代の為に多くのプロジェクトを手掛けて来ているが、特にそれにふさわしい先生に来て頂いた。お父様は和田重正先生、息子さんは、「はじめ塾」をやっていて、ご本人和田重宏先生はＣＬＣＡ（CHILDREN.LIFE AND CULTURE ASSOCIATION）を立ち上げ、親子三代に渡り活動をしている。地域の子供は地域で育てるという思想、哲学、理念を強く持ち、日頃熱い活動をしている。今日はテーマにあった話を聞くことが出来ると思う。 講　演 和田重宏様（ＣＬＣＡ会長） 　ＣＬＣＡは、ＮＰＯ法人の組織。青少年の健全育成の分野で活動を展開している。行政でやれないことを市民目線で提案をしてゆく。 　子供は９歳までに感を育てることが大事。今の子供達は考えるが行動に移すことが苦手。情報が十分あっても決断に欠ける。昭和３０年代頃までは遊びの中で感というものを体得出来た。今は、体験型能力を身に付けないまま学校に行く。はじめ塾では能や伝統芸能の伝承も行っている。能では全員が前向き方向。西洋では合唱・合奏と指揮者が居るが、能には居ない。楽譜が無い。呼吸が合わないとだめ。一人間違えたら、周りの人が微調整をして盛り上げていく。能には学校教育で欠けているものが多く入っている。 　誉めて育てる教育の見直しがアメリカで言われている。日本でも誉めて育てられた子が仕事に就き、上司から叱られるとすぐに辞めてしまう。誉めておだててやらせる教育では無く、出来たことに対し認めて祝うというやり方をしたい。ＣＬＣＡでは、寄宿生活、塾との連携を行って来た。一時期親から離し、ハングリーな環境の中で育てることに成功。戦前、戦中、戦後と寄宿生活を行っていて、日本中・海外からも来ている。 ＝スライドを見ながら話す＝ ・自分達で家を建て、労働奉仕を学ぶ。 ・水生生物の調査をし、水質の汚れを見る。 ・手作りカヌーや縄文土器を焼く。 ・人工林の伐採、農業体験、茶の収穫。 ・黒米、赤米、緑米、田起こしから収穫まで。搗いた餅を派遣村にも届けた。 　今の子供達は仕事＝稼ぐという考えで、奉仕の喜び、生き甲斐が仕事の中にあることを気付かぬまま仕事をしている。はじめ塾では、人との出会いを大切にしている。年齢に囚われず色々な人を呼び色々なことを聞いた。現在、不登校、引きこもりが年間１２万７千人居ると言われている。思春期が２７歳から２８歳くらいまで長期化している信じられない現象がある。３４歳まで大人の感覚を持って居ないと言われている。ニートと言われる人達が３４万人。引きこもり６４万人。したいことはするが、しなければいけないことが出来ない。数は公式な発表なので、実はもっと多く居る。貧困率を見ると７人に１人が平均所得以下。これは世界で４位と悲しい現実。現在、パソコン、ゲーム、携帯電話とバーチャルな生活が多く実体験不足。体験が無い為、発達障害が増え人間関係が築けない。生活リズムの乱れ、食事を作らない親。動物は親から離れたら自分で餌をとる。今、行政は後追いであり、変化についていかれない。国力の低下。地域の力で地域の子供達を育ててゆくことを早急に行わなければいけない。共に子供達の為に、日本の未来の為に、力を注いで行けたらと思っている。...</description>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2010-01-28T18:55:26+09:00</dc:date>
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<title>第１４３４回例会</title>
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<description>卓話「徳川慶喜公の散歩道」 郷土資料研究家　奥津弘高様 　“最後の将軍”１５代徳川慶喜が存命中に国府津に滞在していたらしいという情報を耳にしていたのですが、千葉県松戸市が刊行した『市政施行５５周年記念徳川慶喜展図録』の巻末に「慶喜が国府津滞在中に記した日誌」が見開きで掲載されていました。何とかその資料を入手して町おこしに使いたいと思い松戸市へ足を運ぶとともに、慶喜より４代目にあたる慶朝氏より快諾を受け、他の資料も一緒に提供して頂きました。慶喜の滞在日誌は小さいので他の資料の間に隠れていたらしく、発見されたのは平成になってからで約９０年もの間そのままになっていたのです。 　滞在していた所は、幕末の戊辰戦争で榎本武揚や土方歳三らと共に戦って名をはせた大鳥圭介の別荘ですが、東海道新幹線の南側で国府津の岡地区にありました。明治４４年１２月から明治４５年（大正元年）４月までの４ヶ月間ですが、家督を譲り隠居していた７５歳の慶喜は喘息の持病のため避寒が目的だったと考えられ、かの渋沢栄一が紹介したものと推測されます。 　また、国府津機関区のあった山側には大隈重信の別荘もあったのですが、お互いの“接点”はなかったようです。 　慶喜の孫の榊原様が書き記した『徳川慶喜家の子ども部屋』という著書の中に、「春になると慶喜家では必ず“土筆御膳”を食していた」という一文があったので、関係者を頼ってレシピを入手して小田原市内の料理店さんの協力を得ながら“復刻版”を試作してもらいました。榊原様にも試食して頂いたところ好評だったので、町おこしの一環として取り入れてみようと考えました。 　２００７年は折りしも東海道線（新橋～国府津間）開通１２０周年・豆相汽船就航１２０周年・電話開設１００周年・大隈別荘建設１００周年と、国府津のメモリアルイヤーでした。慶喜が散歩していたコースを歩く「みかんの花と香りを楽しむハイキング」を企画し、イベントとしても日誌に記述された慶喜のグルメ一覧を紹介したりしました。試作した“土筆御膳”は来年の「慶喜滞在１００年」を記念して販売する予定ですので、是非味わってみてください。 　滞在中の慶喜は地元住民とも親しく、真筆も３枚残されていて国府津の地をとても気に入っていたようで、当時としては貴重なカメラを手にしながら散歩をしていたというようなことも聞いています。明治末期から大正にかけて、慶喜が愛した国府津から小田原にかけては８０～１００軒の別荘があり、大磯よりも多かったといわれています。山と海に恵まれていたので、医師からの進言による病気療養が目的の大半だったようです。 　この大切な自然を子孫に残すことは私達の義務であると考えますし、小田原・国府津には近代日本の隠れた歴史の宝物が多く眠っていると思いますので、それらを掘り起こして後世に伝え遺したいと思っています。...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2010-01-21T19:10:31+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000688.html">
<title>第１４３３回例会</title>
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<description>卓話「私のロータリー」宇山忠男地区米山学友委員長 　私がロータリーに入会してから、今年で３８年目になります。ロータリーの本質は普遍ですが、各年度の重点目標によって考え方の変遷がみうけられます。私が入会した当時は「奉仕」が重要視され、中でも職業奉仕が重点的に取り上げられていました。現在では、職業奉仕・社会奉仕・国際奉仕が統括されて「地区奉仕プロジェクト委員会」が設置されています。本日のテーマを「私のロータリー」といたしましたが、あくまでも個人的な考え方として述べさせて頂きます。 　ロータリーの綱領の前文に「ロータリーの綱領は、有益な事業の基礎として奉仕の理想を鼓吹し、…」とありますが、私がポイントとして捉えるのは「有益な事業の基礎として…」とうたっていることです。一般的に考えると「有益な事業を基礎として…」となるところですが、綱領の表現では“奉仕そのものが事業の基礎である”と解釈できます。私が考えるに“奉仕の心とは、人の役に立とうとする心”だと思います。そして、先ほど申し上げました綱領の文章は「人の役に立とうとする心がなければいかなる事業でもうまくいかず、その心を基にして事業に携わることが大切」という意味だろうと、私なりに受けとめています。 　私はこれまで幾つもの事業を手がけて参りましたが、必要とされる企業は発展し、そうでないものは衰退しつつ消滅していくものだと思っています。人から必要とされるということは、人の役に立っていることなのです。 　私は以前に倒産事業主によって結成された「八起会」主催の講演会を拝聴したことがあります。その話の中で「倒産の目に会った人は周囲からは“人がいい”と言われるが裏を返せば“馬鹿だ”と言われていること。その人たちは税金も払わず、支払いもしないで社会に害を与え、迷惑をかけているだけ」ということを言われました。合法に事業を進めて税金を払うことは社会への貢献だと思いますし、職業奉仕では「過剰な利益を出してはいけない」ということを聞かされますが、正当な利益を得て相応な納税をして社会貢献できることが「職業奉仕の理念」だと私は思っています。 　私は本年度地区米山学友委員長に選任されましたが、米山について少し話を進めてみたいと思います。米山奨学金制度は、皆様ご存知の米山梅吉翁が作ったものではありません。日本でのロータリークラブ設立の準備に奔走した梅吉翁の功労を記念して、彼の死後に東京ロータリークラブが設立したものです。太平洋戦争に負け、世界から好戦的国家と見られていた日本の将来について思索していた東京ＲＣの面々は、島国ゆえに貿易立国として復興させることが第一であると決意したのです。と同時に、日本の悪いイメージを払拭し平和国家として歩き出した現状を世界に知ってもらうために、奨学金制度を設けて“日本との架け橋”としての役を奨学生に託したのです。以来今日まで、米山奨学金を受けた多くの学生は世界各国で親日的言動とともに日本のイメージ向上に役立って頂いており、重要な地位に付いている方もいらっしゃいます。こうした経緯をふまえ、世界平和の輪を広げるためにも継続していく方針に変わりはなく、ロータリアンの減少と比例として寄付金額も減っていることも事実です。 　司馬遼太郎は「幕末期から明治維新にかけて新しい日本を作り上げた人物には、私心が見られない。そこに人々は魅かれるのだろう」と語っています。米山奨学金への寄付も「私心を減らす」ことの一端であるだろうと私は考えます。決して強制ではございませんが、本年度も皆様からのご寄付をよろしくお願いいたします。...</description>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000687.html">
<title>第１４３２回例会</title>
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<description>新年賀詞交歓会 会長あいさつ 関口富夫会長 　多忙な年末年始を終え、下半期第１回目の例会をここに迎えることができました。４月には創立３０周年記念式典が控えていますので、改めまして皆様のご協力をお願いする所存です。あわせて皆様方のご健勝をお祈りいたします。 幹事報告 堀金和代幹事 　幹事として残された任期を私なりに全力で努めたいと思いますので、よろしくお願いいたします。 理事会報告 １．片桐会計より、半期の中間決算報告と年末会員家族親睦会の収支決算報告があり、ともに承認されました。 ２．後期の会費が決定いたしました。内訳は会費１２万円、ＩＭ登録料５千円、ポリオ撲滅寄付２千円の計１２万７千円です。 ３．「新会員の集い」への参加費５千円と、２月の卓話予定が了承されました。 その他の報告事項 １．当クラブおよび小田原ロータリークラブの事務局として長年務められた木村さんより、今年度６月末日をもっての「退職願」が提出されました。現在、小田原ロータリークラブが主となって話し合いが進められています。 ２．合同例会でのチャリティーバザーへは、当クラブから今までの各種記念品の在庫を出品することになりました。...</description>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
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<title>年末家族親睦会</title>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000684.html">
<title>第１４２９回例会</title>
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<description>卓話「救急の現状と応急手当の重要性」原正充小田原市消防指令補様 　先ず、小田原市や全国の救急統計から見た救急業務の問題点についてお話をしてご理解を頂きたいと思います。昨年度全国における出動件数は５１０万件で、約６．２秒に１回の割りで救急車が出動していることになり、国民の２７人に１人の比率で搬送されている状況です。救急件数はここ１０年間で３８％増、高齢化が進むなかで更なる増加傾向は充分に予測されます。これに対して救急隊は８％増にとどまり、負担が増している一方で、発動要請から現場到着までに要する時間は１０年前の約６分から７．７分に、さらに到着から病院へ収容されるまで約２６分だったものが現在では３５分という結果がでています。この原因として、救急件数と病院照会回数の増加、収容不能状態の増大という相互関連がその一つとしてあげられます。 　救急隊は現場に到着した後すぐにその症状を判断して搬送先を選定するのですが、救急医療体制は初期（小田原市の場合は、休日夜間診療所や開業医などで比較的軽症者を受けもつ場合）・二次（手術や入院を要する場合）・三次（二次でも処置不能な場合）と分かれていて、県西地区の二次医療機関は臨番制を採用し８つの病院が担当していますが、諸事情が絡んで三次医療機関である小田原市立病院に集中するケースが発生してしまいます。 　さて、昨年度の小田原市の出動件数は８，８９２件ですが、小田原市では救急車の適正利用を促すリーフレットやポスターを２～３年前から作成し、その啓蒙に努めていることもあってか若干の増減をくり返してはいるもののほぼ横ばいとなっています。次に傷病程度別に救急医療をみてみますと、軽症（入院の必要性がなく、診察・治療後に帰宅できる場合）中等症（３週間以内で退院できる場合）重症（３週間以上の長期入院を必要とする場合）死亡（病院への搬送後に医師により死亡が確認された場合）の４段階に分かれ、小田原市の昨年度のデータでは軽症５５％、中等症３８％、重症５％、死亡２％となっています。先程申しましたリーフレットは、軽症段階での救急を抑制して臨番制などの救急医療体制を正常に機能させることを目的として作成されたものですので、是非ご協力をお願いいたします。救急搬送されるケースは内部系疾患による急病が６０％と一番多く、ケガなどによる負傷者１３％、交通事故による傷者１１％、そのほか病院間の転移搬送・労働災害・ケンカや自殺行為・火災による負傷者などです。 　救急隊は救急資格をもつ３名以上で業務につくように決められていますが、例外として、小田原市では医師が同乗する転移搬送の場合は２名で出動することもあります。 　現在小田原市では２６名の救急救命士と５台の救急車で皆様の命の確保に全力で携っていますが、救命士が現場へ到着するまでの時間は生死にかかわるものです。まして心肺停止に陥っている状態では１分単位で救命が難しくなり、脳血流がなくなることにより脳は元の状態に戻ることは不可能とされ社会復帰はできなくなります。こういうことから、その場に居合わせた人の役割や応急処置を施すことは非常に重要なものになります。 　救命は“４つの鎖”がつながっていなければ達成できないといわれ、これは「救命の連鎖」と呼ばれています。１つ目の鎖は「１１９番通報」で、２つ目は「現場に居合わせた人の応急手当」、３つ目が「救急隊が行う救急処置と病院搬送」、４つ目が「病院での救急医療」です。このうち１つでも欠ければ残念ながら救命はできません。皆様には１つ目と２つ目の鎖を実行して頂くために是非とも救急の講習を受けて頂き、正しい胸骨圧迫を取得してください。 　私たちの使命は、その字のごとく「命を救う」ことであり、そのためにも救急救命士の器管送還実習への同意をよろしくお願いいたします。...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2009-12-10T16:04:55+09:00</dc:date>
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<title>第１４２８回例会</title>
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<description>卓話「広報・ＩＴセミナー報告」 吉田孝広報・ＩＴ・記録・雑誌委員長 　地区セミナーは１１月６日に藤沢市で行われました。先ず奥津ガバナーより「広報・ＩＴは地区が掲げる今年度の７テーマの一つであり、とても重要性のあるもの」との説明があり、続いてかながわ湘南ＲＣ会長による「ロータリー活動におけるＩＴの活用について」というテーマの講演がありました。このほかに、地区内のＩＴの現状やロータリアン検索ネットワークについて説明がありました。以上がセミナーの概要です。 　講演をされたかながわ湘南ＲＣの盛岡敏夫会長はＮＴＴ未来研究所の方で、海外でも活動されていらっしゃるそうです。講演では「情報技術と通信技術の融合から名付けられたＩＴという呼称から、最近では徐々にＩＣＴ（インフォメーション　アンド　コミュニケーション　テクノロジー）という名称が使われるようになり、日本のブロードバンドの普及率も高くなっているので更に利用されることになると思われる」と述べられ、配布資料のような詳細事項についても解説がなされました。また、ロータリー活動におけるＩＣＴ技術の活用領域として、情報検索や他クラブとの交流に利用でき公用としても通信費などの大幅削減の効果が得られるということでした。 　広報活動の一例として、第２６４０地区がサンケイ新聞に活動記事を長期にわたって掲載して関心を呼んだことが紹介されました。 　第２７８０地区におけるＩＴの現状いついて、地区広報委員から説明がありました。その中で「ＲＩ定款にもＩＴに関する規定があり、２００４年からＷｅｂによるメークアップ規定が定められている」との報告があり、ＩＴに関するアンケート結果によると、クラブでＥメールが使える（８５％）、クラブ幹事がＥメールを使用できる（８１％）、Ｅメールによる地区からの連絡事項を受け取れる（９１％）、ホームページを開設している（５９％）…などでした。 　ロータリアン検索ネットワークは、個人情報規定によって情報収集が限定されたことから新しく開発されたもので、詳細は配布資料をお読みください。 　ＩＴはかなり専門的分野になりますが、ロータリークラブでは対外的なＰＲも含めた広報活動が重視されていますので、当クラブとしても最新技術を大いにとり入れて有効利用しながら運営を進めていくことを検討していきたいと思います。...</description>
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<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2009-12-03T18:19:47+09:00</dc:date>
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<title>第１４２７回例会</title>
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<description>定例年次総会・クラブ協議会 議事進行――関口富夫会長 １．初めに改定細則の承認を得たいと思いますが、第９条委員会の条文中で、クラブ広報委員会の「この中には広報・ＩＴ・記録・雑誌委員会が付する」の文より“記録”を削除し「……広報・ＩＴ・雑誌委員会が付する」とし、同条クラブ管理運営委員会の「この中には、ニコニコ箱委員会、会報委員会、出席委員会……が付する」の文に“記録”を追加し「……ニコニコ箱委員会、会報記録委員会……が付する」と変更させて頂きます。以上をふまえて皆様の承認を頂き、次年度より施行したいと思います（拍手多数により承認されたものとみなします）。 ２．次次年度会長および次年度理事につきましては、昨年度にならって指名委員会を設置して指名を行いましたので、譲原彰指名委員会委員長より発表をお願いいたします。 　　　 ●譲原彰指名委員会委員長 　１１月１２日の指名委員会において、次次年度会長と次年度理事を指名させて頂きましたので発表いたします。 次次年度会長…瀬戸啓司会員 次年度理事…豊田　靖会員、松本英輔会員 吉田　孝会員、関口富夫会員 瀬戸啓司会員、田中秀明会員 小林　泉会員、井島誠行会員 新堀　茂会員、片桐　晃会員 阿部正弘会員、（以上１１名） 　以上の件につきまして、異議がなければ皆様の承認を頂きたいと思います（拍手多数により、承認されたものとみなします）。 ３．次に次年度（２０１０～２０１１年度）役員の選考に入りますが、ただ今理事に指名された方々によりまして暫定理事会を開いて頂き、その結果発表を豊田靖次年度会長よりお願いいたします。 　　　 ●豊田靖次年度会長 　暫定理事会の結果、会長以外の役員は次のように決定いたしました。 副会長…松本英輔会員 幹事…吉田　孝会員 副幹事…村上正樹会員 会長ノミニー…瀬戸啓司会員 会計…片桐　晃会員 会場監督…峯　一喜会員 副会場監督…坂間雄一会員 〃…小林英樹会員 　以上の件につきまして、異議がなければ皆様の承認を頂きたいと思います（拍手多数により、承認されたものとみなします。なお、本日の総会終了時点で豊田会員は会長エレクトに、瀬戸会員は会長ノミニーになります）。 豊田靖次年度会長（会長エレクト）あいさつ 　ただ今ご報告いたしました方々のご協力のもとに、小田原中ロータリークラブの伝統を守りながら次年度の運営を進めて参りたいと思います。なお、皆様方には今年度に引き続きましてご支援を賜りますようお願い申し上げます。 瀬戸啓司次次年度会長（会長ノミニー）あいさつ 　入会して１８年の月日が流れ、会長を務めさせて頂く頃は２０年の区切りを迎えます。ふり返ってみると、ロータリー活動の基本は「人の和」であり、お互いの心が通じ合うことだと思います。今後ともよろしくお願いいたします。 小林泉次年度理事代表あいさつ 　何となく“乱世”の様相を呈している現在、こういった時代だからこそロータリー会員であることが有意義になってくると思っています。会長をはじめ役員の皆様の補佐をしながら当クラブを盛り立てていきたいと思います。 　総会のあと、瀬戸啓司会長ノミニーの乾杯の音頭で懇親会が始まり、楽しいひとときを過ごしました。...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2009-11-26T13:35:34+09:00</dc:date>
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<title>第１４２６回例会</title>
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<description>卓話「職業奉仕について」新堀茂職業奉仕委員長 　「職業奉仕という言葉が理解しにくい」という声は私が入会した頃からよく聞かれていますが、私は“奉仕”という言葉がついていることが、そのことに輪をかけていると思います。先輩会員からは「職業を通じて社会に奉仕すること」と幾度となく説明されてきましたが、少しずつ勉強していくうちに何か違うように思えてきました。 　奉仕についてはロータリーの場合は必ずサービスと表現されますが、ロータリー創立時になぜ職業とロータリー活動が結びついたのでしょうか。私は、職業奉仕とは言いながら職業倫理に近い概念ではないかと認識しています。ロータリーがシカゴで産声をあげた頃のアメリカは人民同士の騙し合いが大手を振ってまかり通っていて、商業上の道徳率は完全に崩壊していたという記述が文献にあります。優良職業に携っている者がこういった現状に危機感をもって集まり、意識を共通させようとしたことがロータリー誕生の発端だったと私は理解しています。 　そういったことからすると職業奉仕という日本語は適切ではなく、職業倫理という表現の方が理解しやすいのではないかというようにも感じています。ただし、公式用語としては「職業奉仕」ですのでそのまま使用されていますが、その精神は倫理に近いところを思考した表現ではないかと考えています。職業を通じての正しい商取引き、正しい商品への思いや商品に対する宣伝や説明を正確にできることが本来の職業奉仕の在り方ではないかとも考えています。当クラブの皆様は誠実な商売を営み、取引き先や個人ユーザーに提供されているので今さらここで申し上げることはないでしょう。ところが、先程も申し上げたようにロータリーが始まった頃はとてもそんな状態ではありませんでした。 　現在の中国の商業界は１００年前のアメリカと類似しているといえます。注文品が納期予定に届かないことは茶飯時で、日本では経理担当者が税務申告のための妥当な帳簿を作成して、約束の期日に支払います。中国の企業の経理担当は税務申告は必要上行いますが、驚くことに彼らの最大の仕事はできるだけ支払いを遅らせることです。期日に支払われることはほとんどなく、６ヶ月後あたりに支払いがされるのは良い方なのです。職業奉仕とか職業倫理という概念がとても通用するとは思えません。国民性もあるのでしょうが、こういうような国柄ですので、互いに信頼し合える商業習慣を維持することはとても難しいことなのです。 　ところで、私たちの身の回りを見るとどう考えてもムダだと思えることが当たり前のように行われている例がかなりあります。中国では、省ける工程は徹底的に除していて、それが日本とのコストの差になっています。過剰包装や異常な品質管理が果たして本当に有意義なのでしょうか。そのためのコストは商品単価に含まれていて消費者の負担になる訳で、職業奉仕という考え方にたった場合、どういったことがユーザーや消費者にとって得なのでしょうか。こういった現状を考え直さなくてはならない時に来ていると思います。 　職業奉仕という呼び方はとても崇高なイメージですが、当たり前になっているムダをひとつひとつ指摘してコストを下げる工夫をして頂く機会を作ることも私たちロータリアンの使命ではないでしょうか。皆さんの個々の事業所では、ムダやロスの削減や工程改善に尽力されていらっしゃると思われますが、それをロータリー活動にとり入れて、お互いに指摘し合って効果を出すことも「職業を通じて社会に貢献すること」ではないかと思います。発泡スチロールのパックに入れて包装するのではなく、商品を山積みにして消費者に選んでもらい、計り売りも対応する農産物直売所がコストダウンにもつながり成果を上げているのはその典型で、原点を見つめ直すことの必要性を考えさせられます。 　ロータリーには職業奉仕と対比して社会奉仕があります。精神論的な職業奉仕に対して、ロータリー創立から１８年くらい後に確立された社会奉仕は「目に見える形の奉仕を提供しよう」というもので、この違いを常に頭に入れておくことが重要です。また、ロータリー財団の活動がロータリーの根本的な活動にどれだけ合致しているのかを考えてみてください。それぞれの奉仕委員会については設立の意図や現在までの経緯がありますが、職業奉仕委員会は会員の心の在り方を啓蒙するミッションであって事業によって形をなすものではありません。国際奉仕委員会は国際間を通じてロータリークラブ同志の交流、ロータリークラブが存在する地域のトラブルに対する支援を意図している委員会です。ロータリークラブの存在の有無に係わらず、困っている地域に対して支援の手をさし述べようとするのが世界社会奉仕委員会です。皆様の属する委員会について、認識を新たにして頂けたら幸甚です。...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2009-11-19T13:28:34+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000681.html">
<title>第１４２５回例会</title>
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<description>卓話「食の美学」 ザ・プリンス箱根総料理長 中島　大様 　ほとんどの場合、食事の前に乾杯の儀式を行いますが、公式の場ではグラスを合わせず音も立てないのがマナーです。グレードの高いレストランなので使用されるグラスはとても薄いので、割れてしまう危険性があるためともいわれますが、正式には、ワイングラスやシャンパングラスを持って胸の高さまで上げて乾杯をし、相手の目を見てアイコンタクトで微笑を交わすというのが正しいマナーです。この「乾杯」が行われるようになった理由として①中世ヨーロッパでは酒席での毒殺が横行していたため、杯を上げてお互いに酒を飲みほすことで毒物が入っていないことを証明したことから。②互いに強い衝撃をグラスに与え、グラスに入った酒を飛ばし合って毒が入っていないことを証明したことから。③古代ギリシャでは酒の中に宿っている悪魔を追い払う手法として、悪魔はガラスがぶつかる音が苦手とされていることに基づきグラスを合わせて音を立てたことから。という三つの説があります。また、現代の乾杯の作法は日本で考えられたものではなく海外から持ち込まれたものです。 　次にコース料理のテーブルマナーについて説明させて頂きます。テーブルマナーにはフランス式とイギリス式があり、その違いの一つとしてナイフとフォークの使い方があげられます。イギリス式ではフォークの背に料理を乗せて口に運ぶのが正式ですが、フランス式の場合はフォークを右手に持ちかえて食事をするのが正しいマナーです。フランス料理でフォークの背に乗せて食べることはＮＧなのです。また、スープを手前から奥の方へ向けてすくって飲むのはイギリス式で、フランス式の場合は反対で、奥から手前へ寄せて飲みます。 　食事を終えて、ナイフとフォークをそろえて皿の上に縦にまっすぐ置くのがイギリス式。横にしてフォークの穂とナイフの歯を自分に向けて皿の上に置くのがフランス式です。日本で晩餐会などが催された場合はイギリス式が公式マナーとなりますが、これは歴史的に見てフランスよりもイギリスと国交を重ねる機会が多かっただけという理由です。といっても、フランス料理を召し上がる際にイギリス式マナーを使うと場違いになってしまいますのでご注意ください。 　ところで、バイキングとブッフェの違いをご存知でしょうか。一般的には食べ放題であるかないかの違いだろうと思われているようですが、基本的には同じです。バイキングという名称は帝国ホテルが付けたものなので、本来ならばそのホテルのものに限定されるというのが正しい見解でしょう。北欧の大男たちが豪快に食事をするイメージと、昭和４０～５０年代にかけて帝国ホテルの新しいサービスを結びつけて名付けたそうです。当時はとても画期的だったため大人気となり、それが現在まで続いている訳です。フランス語でブッフェ、英語でバフェと呼び、辞書には立食とあります。私たちが俗に言うバイキング料理のことで、セルフサービスで食べ放題なのは日本だけで、海外ではバイキングといっても通用しません。 　毎日の食事をおいしく頂くには、先ず健康が第一で、体に優しい食事も自分自身でコントロールする必要があります。身体の老化現象は食事療法によって自然に防げることができます。昔からこの時期になると「柿が赤くなると医者が青くなる」と言われるほど柿の栄養価は高く、ほかの果物には少いビタミンＡやＣ、ミネラルや糖質も多く含まれていて血圧を下げる効果も高いとされています。乳児は母乳を飲んで育つため、体内に８０％の乳酸菌が貯えられていると言われますが、年齢を重ねるにつれて徐々に減少し５０歳代を過ぎると２０％以下になるそうです。乳酸菌には腸管内をきれいにする働きがあるので、柿にヨーグルトをかけて食べるのは最高の食事法の一つでしょう。柿を切って少量の水を加えてミキサーにかけ、オリーブオイルと酢を足して作る“柿ドレッシング”は私のおすすめの一品ですので、是非お試しください。 　料理とは味もさることながら、いくら良い食材を使用しても色合いや盛り付け次第で差が出てしまいます。和食は目で楽しみ、フランス料理は香りで楽しむと言われますが。これからも色や香りのコンセプトにこだわり「食の美学」を追求して、皆様においしく召し上がって頂ける料理を作って行きたいと思いますので、よろしくお願いいたします...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2009-11-12T13:18:28+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000679.html">
<title>第１４２４回例会</title>
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<description>　この場をお借りいたしまして、財団奨学金がもたらす恩恵と価値をお分かり頂くと同時に、財団への寄付の使われ方と「未来の夢計画」について話をさせて頂きます。 　ロータリーはなぜ奨学金を支給するのでしょうか。それはとりもなおさず、ロータリーの目ざす世界平和と国際理解に献身できるリーダーや力を注ぐ若者を育てるためだと私は思います。日本の経済成長を支えた皆様方の浄財によって成り立つ奨学金を頂きながら、多くの学生が留学の夢を叶え人生を変えています。留学の成果は社会に役立つことだけではなく、奉仕されて奉仕することの大切さを実感することにあると思います。過去・現在・未来の奨学生は皆様から差しのべられた温かい支援に感謝し、いつまでも忘れないでしょう。 　奨学生だった私が財団学友会に係わっていた頃は、財団へ寄付する目的は奨学生を生み出すことだけだと思っていました。その後ロータリアンになってからは、マッチンググラントなどを通じて別の使途があることに気付きました。世界の人口の５人に１人は１日１ドル以下で暮らし、７人に１人は空腹に耐えています。こうした著しく傾った富の分配を少しでも解決するには、先進国からの資金が途上国に分配されなくては無理だと思います。こうしたことから、財団への寄付の半分は「取られる」のではなく「世界のどこかで人助けに役立っている」と考えるようにしたらどうでしょうか。一人の力には限りがありますが、世界には１２０万人のロータリアンがいますので結集された力はとても大きなものになります。財団への寄付が奨学金として若者の夢を叶え、国際親善に寄与してロータリーの理想を次世代へ引き継ぐのに役立ち、ロータリー財団が運営する人道的プログラムが発展途上国の人々へ今日の暮らしと明日への希望をもたらしていることを充分ご理解頂きたく、あとは皆様の心ひとつです。 　来年度の寄付は２０１３～１４年度に使われますので、「未来の夢計画」に基づいた補助金システムで活用されることになり、現行のマッチンググラントに該当するとされる「グローバル補助金」と、現在の地区補助金が少し緩和された「新地区補助金」の２つに大きく分かれます。奨学金については国際親善奨学金の名称は消え、内訳によって「グローバル補助金」か「新地区補助金」のどちらかから出されます。また、ホストクラブやカウンセラー制度も消滅する可能性が出てきていますが、なんとかして存続するように手を尽したいと考えています。そうしなければ、ロータリー財団の奨学金の意義がなくなってしまうからです。 　皆様に資料としてお渡しした『海風』は私が作成いたしました。今後も発行を続ける予定ですので、ご一読いただければ幸甚です。　これからもよろしくお願いいたします。...</description>
<dc:subject>会報</dc:subject>
<dc:creator>Yoshida</dc:creator>
<dc:date>2009-11-05T19:02:28+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://www.naka-club.org/archives/000678.html">
<title>第１４２３回例会</title>
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<description>卓話「日本での学生生活について」　　　米山奨学生　徐秀希様 　私は女子美術大学に入学し、現在は大学院でメディアアート造形学科を専攻しています。 　韓国の釜山で生まれましたが、海に面して京城より暖かい所です。韓国は日本と同様に明確な四季があり、９月から１１月は昼と夜の温度差が大きく長雨や台風のシーズンですが、全般的に過ごしやすい季節といえます。冬は１２月から３月中旬までですが、シベリアからの寒波の影響を受けてとても大変です。 　小さい頃に私は日本のアニメーションに大きな感銘を受け、身の回りには日本の美術やファッションなどがあふれていたので日本に興味を持つようになったのです。そして、日本という国について独自で調べていくうちに世界に通じる様々な最先端の技術やビジネスが数多くあることが分かってきて、興味から憧れへと気持ちが変化していきました。そして、相手に感動を与えることに携わりたいという将来の目標を立てたのです。 　中学と高校は韓国の美術専門学校へ通いましたが、韓国では美術学習に対する環境が充実していないことを感じると同時に、自分の実力を試してみたいと考え憧れの日本への留学を決心しました。 　来日する半年前くらいから日本語を学び、女子美術大学に合格することができてとても嬉しく、この留学は私の人生において大きな転機だと思います。私が学んでいるデザインの部門は多くの分野に分かれていて、その中の“空間デザイン”について勉強を続けています。キャド、イラストレーター、フォトショップといったソフトを駆使して作品を作るのですが、大学では、人と人のコミュニケーションである平面、人と物の係わる立体、人と環境が関係する空間という理念を学びながら自分の作品に生かしています。これまでに仕上げた作品のいくつかを紹介させて頂きますので、ご覧ください。 　著名な先生の講演や経験談を聴講する機会にも恵まれ、自分の勉強の“糧”になりました。また、多くの国の留学生とも知り合うことができ、異種文化や考え方、多種多様な世界観を聞かせてもらいとても役に立っています。 　大学での４年間で学んだことだけではまだ物足りないように次第に感じ始め、理論を土台にして、アート的作品によって環境と光と色の関係をメディアを通してもっと研究してみたいと思ったのが、大学院へ進んだ動機です。大学で空間と建築について学んだことを、光と色と音という人間の五感に基づいた空間スペースデザインを掘り下げて研究すると同時に、人の感覚と空間との関係も更に研究を進めたいと考えています。傍ら、ワークショップにも参加して、デザインの一環として何かを見つけたいとも考えています。 　私にとって日本への留学は、思っていたよりもつらいものでした。わずか半年間だけ日本語を勉強した私が、はたしてうまくコミュニケーションがとれるかどうか先ず不安でした。韓国語を教える日本人のボランティアグループに参加しながら、私なりに日本語習得に努力しましたが、家族や友人と離れて暮らす環境でホームシックにかかりストレスが溜まったこともありました。しかし、自分で決めた留学なので絶対に負けずに乗り越えようと気持ちを強く持ってとにかく前へ進むだけでした。やがて、一人の時間も大切にしながら１日をうまく活用するようになり、必要に迫られ料理も勉強し始めました。留学生との交流会にも積極的に参加しているうちに米山奨学会のことを知ったのです。日本の生活に慣れるにつれて、少しは自立成長したように感じられ、自分だけの世界から一歩踏み出すと全く知らない大きな世界があることも知りました。ロータリアンの方々や学友とかかわり始めたことも私にとって大きな体験や収穫であることは間違いではないと思います。皆様方にはとても感謝しています。...</description>
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<dc:date>2009-10-29T18:50:32+09:00</dc:date>
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