
昨年11月に自立支援ホーム「湘南つばさの家」ホーム長 前川礼彦様にスピーチをしていただき(スピーチ内容はこちら)、その後クラブで御歳暮などで頂いた生活必需品を物品支援することが決まり、本日、廣澤、堀金、吉田会員で届けに行ってきました。
支援物品
お米、醤油、サラダオイル、タオル、歯ブラシセット、洗濯洗剤、シャンプー、お風呂洗剤、かつおぶし、はちみつ、砂糖、インスタントコーヒー、稲庭うどん、ビール券、野菜ジュース、湯のみ、ぞうきん、包丁セット、石鹸、コンディショナー、ブリーチ、トイレットペーパー。
小田原中ロータリークラブは美術同好会を中心にNPO法人「ヒマラヤ・ロクタの森」を応援しています。代表の井林昌子さんが帰国されクラブに報告にお出でいただきました。
ホームページはこちらです。
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ロクタとは日本ではジンチョウゲ、この木を使って手すき紙の生産をします。ところがこのロクタが乱伐状態に陥っているのです。NPO法人ヒマラヤ・ロクタの森は、森の再生と村人による手すき紙産業の復興のお手伝いをしています。
一度見に行ってみようと思ったのですが、飛行機でネパールカトマンドゥへ行き、そこからバスで5時間その後、標高3,300メートルのティンサン峠を越え徒歩16時間だそうです。これは大変なところですね。(電気はソーラー発電、インターネットは電話がないのでもちろんありません)
会員向けご案内 職業奉仕・親睦委員会合同 会員・家族親睦旅行会のご案内
新緑の候、皆様方にはご清栄の事とお慶び申し上げます。
早速ですが、この度職業奉仕委員会・親睦委員会共催による会員・家族親睦旅行会を、 下記のとおり開催する事となりました。
今回は、東京下町・江戸時代の伝統工芸及び古典芸能の体験・見学を企画いたしましたので、是非共ご参加くださいます様よろしくお願い致します。
記
1. 実施日 平成17年6月25日(土)
2.タイムスケジュール 13:20 集合(小田原駅西口)
13:30 出発
16:00 伝統工芸・江戸切子体験『尾島ガラス工芸』
17:10 出発
17:50 食事 『助六の宿 貞千代』
江戸伝統芸能「たいこもち」を楽しみながら
20:00 出発
22:00 小田原到着予定
3. 会費 13,000円
4. 申し込み期限 平成17年6月2日(木)
今年も年末会員家族親睦会が大磯プリンスホテルにて盛大に行われました。

会長のご挨拶 元財団奨学生関田さんとカナダから来日中の友人

マジックショー 恒例の福引プレゼント

次年度会長池田さん 家族委員会堀内委員長

今年度新会員廣澤さんの乾杯 足立さんご家族

新会員野瀬さん(右) 米山奨学生Joey

廣澤さんと奥様 川口さんの娘さんとご主人
家族委員会・親睦委員会によって開催されました。午後からは台風一過の気持ちの良いお天気になりました、旧古河庭園を見学その後上野の森美術館にて「大兵馬庸展」を見学、夕食は青山の「黒門燈」にてふぐ海鮮料理を堪能しました。
第1191回例会
会長あいさつ
本日は恒例の移動例会に、多くの会員のご家族の皆様がご参加くださりありがとうございます。
台風一過のもと、幸い天候にも恵まれまして素晴らしい一日を過ごせたものと思います。ご家族の皆様には、本日のこの機会に日頃の活動の一端をご理解頂ければとても嬉しく思います。また、年末には家族親睦会も開催、さらに来年には、当クラブの創立25周年記念式典を行うことになっていますので、ご家族の皆様のご協力をよろしくお願い申しあげます。
幹事報告
1.11月2日に創立25周年委員長会議を開催いたします。時間と場所は未定ですが、決定次第ご連絡いたします。
2.次回は夜間例会ですので、お間違えないようにお願いいたします。
10年前に交換留学生で当クラブでお預かりしたカール君(オーストラリア)が現在、東大阪東ロータリークラブの米山奨学生として大学にいっています。そんなご縁で東大阪東ロータリークラブの皆さん、カール君のお父さんと会食をいたしました。(写真はクリックで拡大します)
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2/21に行われましたI.M.の記録委員会ですがCDRを48枚作成し作業を終了いたしました。
CDRと同じ内容はこちらにあります。 http://www.naka-club.org/im2004/CDR/
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小田原中ロータリークラブの皆様。2001年度財団学友、関田美智です。2001年度ロータリー財団親善奨学生として、中クラブにご推薦いただき、2年半の間、カナダで勉強をしてまいりました。昨年末に、住み慣れたバンクーバーを去る決意をし、梅香る、懐かしい小田原に帰ってまいりました。留学中は連絡不足で、中クラブの皆様、特に井上カウンセラーにおいては、大変ご心配をおかけしたと思います。今日、このように皆様の前でお話しをする機会を与えていただき、少しでも、私が財団奨学生として修めた学業と国際親善についてのご報告ができればと思っております。
さて、皆様ご存知の通り、私は1994年度ロータリー青少年交換学生として、カナダに留学をしておりました。そして、2001年度には財団奨学生としてカナダに留学を実現させました。なぜ、カナダなのか、なぜ私がカナダに魅せられるのか。まずはここからお話したいと思います。
カナダという国は、世界でロシアに次いで国土面積の大きな国であるにも関わらず、お隣のアメリカ合衆国の陰に隠れがちで、観光と自然以外にはあまり注目を浴びない国です。しかし、カナダは社会学・人類学的に見ると、人種のるつぼといわれるアメリカ合衆国と同様、様々な民族、言語、文化であふれた、非常に興味深い国です。1971年に、世界で初めて、多文化主義政策を、国レベルで実施した国でもあります。イギリス系とフランス系の移住者たちが、先住民たちの住んでいた土地を開拓し、1867年にカナダ連邦成立にいたるわけですが、その後増え続けた移民は、さまざまな文化的背景を持ち込みました。それをうけ、カナダは文化のモザイクを形成しているといわれることが良くあります。見た目も、話す言葉も違う国で育った人々が、「カナダ人」になる・・・。「カナダ人」という定義はいったいどこにあるのでしょうか。カナダの魅力は、この「あいまいさ」、といってもよいと思います。実際に、カナダ人に、カナダ文化、カナダ人の定義を尋ねても、答えは十人十色です。
しかし、この「あいまいさ」から生まれる問題がひとつあります。それは、「だれがカナダ人か」という問題です。これは、特にビジブル・マイノリティと呼ばれる人々が直面します。ビジブル=目で見える、マイノリティー=少数派という意味ですが、アジア人、アフリカ人のように、見た目が「白人でない」人のことを指します。祖父母が移民し、自分はカナダでうまれた3世代目の日系カナダ人の友人、イアン・岡部。祖父母が他界した今、日本とのつながりは全くなく、根っからのカナダ人ですが、見た目は全く日本人と変わりません。自分の国に住んでいながら、「どこから来たの?」と質問をされることは少なくなく、しばしば、「なぜ日本語が話せないの?」と聞かれることもあります。ビジブル・マイノリティは、イアン・岡部のように、カナダ人でありながら、「カナダ人」と「日本人」の狭間に置かれてしまったような人ということができます。カナダの人口は約3000万人、ビジブルマイノリティと呼ばれる人々はうち、400万人に達します。私は、文化人類学的視点から、このようなカナダの「あいまいな」アイデンティティから生まれる諸問題を研究する必要があると考えました。
私が二年半を過ごした、バンクーバーは、北アメリカの太平洋岸に位置します。アジアへの門といわれるだけあり、アジア系移民の顕著な町です。バンクーバー市とその周辺の20市町村を含めた、大バンクーバーの人口は約200万人、うち72万6千人はビジブル・マイノリティで、人口の37%に相当します。そのうち58万8千人は、いわゆるアジア人(中国系、韓国系、日系、東南アジア系、南アジア系移民)です。そのバンクーバーにあるのが、私が通ったブリティッシュ・コロンビア大学、通称UBCです。私はUBCの大学院で、文化人類学を勉強しました。UBCは、大学といっても町一個分くらいの大きさがあります。キャンパスの中には学生寮だけでなく、一般住民の住居も立ち並んでいます。また、ゴルフコースもキャンパスの中にあります。一度だけ、キャンパスを横断して歩いたことがありますが、1時間かかりました。
そんなUBCで、私は、日本研究をなさっているミリー・クレイトン教授のもとで、研究を進めました。修士論文のテーマに取り上げたのは日系カナダ人で、特に日系人と非日系人との間に生まれた子供、日本で言われる「ハーフ」のアイデンティティに焦点を当てました。日系カナダ人社会では、ハワイ語の「ハッパ・ハオレ」、半分白人というかつては差別用語であった言葉を肯定的に見直し、そのような子供たちをハッパと呼びます。日系カナダ人には、第二次世界大戦中、強制収容所に送られた苦い歴史があります。これは、「日本人」か「カナダ人」かの間に挟まれてしまった、皮肉な歴史です。戦後、多くの日系カナダ人は、日本人であることを捨て、白人社会への同化を進めました。結果、日系カナダ人3世の90%以上が、日系人以外のパートナーを選びました。1877年に最初の日本人がカナダに到着してから125年以上がたった現在、日系カナダ人社会は、これまであった、「日系人」という概念を大きく変え、薄れ行く日本の血を、民族と文化の終焉としてみるのではなく、あたらしい日系文化の始まりとして見る必要性に迫られています。また、日系社会には、日系カナダ人だけでなく、1970年代以降に移民した新しい日系人もいます。そこに、「ハッパ」と呼ばれる子供たち、の子供たちが加わり、カナダの日系社会は、カナダ同様、「あいまい」な社会となりました。この「あいまいさ」は、多様性、としてみることができ、肯定的に受け止めることで共生=共に生きることが始まります。
研究の資料は、文化人類学的手法から、フィールドワーク、パーティシパントオブザベーション、いわゆる参与観察、を行いました。日系コミュニティーでボランティア活動をはじめることで、日系コミュニティーとの関係を徐々に築き上げていきました。日本語はほとんどはなさない日系カナダ人の中で、「美智は日本人らしくないね」といわれながら、親しい友人を何人も作りました。その結果というのは変ですが、大バンクーバー日系カナダ人市民協会(JCCA)が発行する、月報の1月号の表紙を、飾ることになりました。
文化人類学とは、文化や民族の研究をする学問ですが、その根底にあるのは、調査者の興味と、調査者と非調査者が築き上げる友好関係ではないだろうか、と私は考えています。個人的なレベルでの国際交流、といえると思います。調査する側の立場でしたが、調査というよりも、教えてもらう、分けてもらう、という気持ちで人に接しました。日系人の調査をし、バンクーバーで日本を学んだ、というのが本当のところです。
この研究の成果は、5月の卒業と同時に、修士論文として出来上がります。現在、日本語訳を作成中しておりますので、興味のあるかたはぜひ、お申し付けください。また、余談ですが、6月6日の日曜日に、小田原市の国際交流ティーサロンで、お話しすることが決まりました。ぜひ、足をお運びください。
2年半の間、ロータリー活動も、できる範囲でがんばってやってまいりました。カウンセラーのエレノア・マクワネルさんは、ロータリアンとして活躍する女性の一人です。家族のように接していただき、2年半、たっぷりと甘やかされてまいりました。
ロータリー活動のクライマックスは、2003年5月に、当時RI会長でいらっしゃったビシャイ・ラタクール氏が、UBCを訪問され、個人的にお話をさせていただいたことです。RI会長に会うのは初めてのことで、雲の上のような方かと思っていましたが、そこら辺にいるおじいちゃんのようなかたで、あたたかいお人なりを感じました。
バンクーバーには、毎年約7名の財団奨学生が集まりますが、私のいた年はほとんどが日本人とドイツ人でした。5040地区から、外に派遣する財団奨学生はかろうじて1人です。現在5040地区のガバナーになったメアリー・ワトソンさんは、当初財団奨学生のコーディネーターをなさっており、財団奨学生を増やそうと、がんばっています。今年大阪で開かれる、5月のRI国際大会では、彼女との再会を約束しました。財団奨学生の任務は終わりましたが、財団学友として、これからもできる限りの活動をしていきたいと考えています。
現在私は、日本へのリハビリ中です。高校留学の時よりも、今回の留学のほうが日本とカナダの差異に気づくことが多かったので、今、様々な違いに悩まされています。その中でも一番大きな違いは「時間」。カナダの特徴は文化的、民族的な「あいまいさ」だとお話しましたが、カナダは時間も、「あいまい」です。「待ち合わせは6時ね」、という会話はなく、「6時ごろね。」の「ごろ」がつきます。バス停にも時刻表はついていません。「日中のみ」運行という表示があるのもありました。2年半、そんななまぬるい環境の中で甘やかした時間的センスは、日本に帰ってきて、分刻みに記される時間に圧倒されています。住み慣れたバンクーバー、定年後に、ゆっくりと隠居をお考えのかたには、本当におすすめです。日系コミュニティーもありますので、ぜひどうぞ。
私は、今後4月より、中央大学大学院、総合政策研究科の2年次に復学し、カナダで学んだ文化人類学を活かし、日本語で修士論文を書く予定です。これからまた1年、学生に戻りますが、今年で学生は辞めるとここで宣言をしますので、ご安心を。これからまた、中クラブの皆様にはお世話になることが多々あると思いますが、よろしく、ご指導願いますよう、お願い致します。
新しく英語のサイトができました。日本のロータリーや日本文化の紹介をして
います。
Contentsには、日本の景色や風物の写真を掲載。これらの写真は、1週間に
1回程度入れ替え、海外の皆さまに広く日本を知っていただく手助けにしたいと
考えています。姉妹クラブや交換学生のご家族、クラブなどにも『友』のホーム
ページのドメインをご紹介ください。
その前に日本のロータリアンの皆さまも、ぜひ一度立ち寄ってみてください。
『友』1月号の「ロータリー理解クイズ」への挑戦はお済みですか?
あなたのロータリー理解度はどのくらいだったでしょうか。
ちょっと物足りなかった方、『友』ホームページの日本語サイトには、その増強版
があります。日本語のContentsの「ロータリーの友1月号から」をクリックして
お入りください。
また、ここには、1月号で紹介した国際ロータリー世界本部とその周辺の写真
もあります。ついでに立ち寄ってみてください。
日本語、英語ともに、 www.rotary-no-tomo.jp から入ることができます。
ロータリーの友事務所
国際ロータリー第2780地区2005-2006年度R財団国際親善奨学生募集
当クラブへのお申し込みはE-mail info@naka-club.org までお願いいたします。
2005-2006年度国際親善奨学金は、1学年度と2年のマルチ・イヤ-の二通りに
ついて奨学生を募集しています。(文化研修のための奨学金は募集しません)
平和奨学生の募集については別途ご案内を致します。
<1学年度国際親善奨学金>
1) 主要な目的は学位の修得ではなく、ロ-タリ-の親善使節としての役割であり、
期間は1年(通常9ヶ月間)に限られます。
2) ほとんどの分野における研究に使用できます。個人独自の研究、医学生のイン
ターン、研修医師としての費用、ホスト国でのフルタイムの雇用のために使う
ことはできない。
3)上限米貨25,000ドル又はその相当する使用通貨額以下が給付されます。
(往復旅費と1か月の語学研修費、生活費、授業料等、が含まれます。
又25,000ドル以上の費用を要するときは、追加分は本人負担)
<マルチ・イヤ-2年国際親善奨学金>
親善を目的とするのは1学年度と同様ですが、学位取得が配慮された奨学金です。
1)大学、又は大学院修士課程の学位取得の希望者を対象とします。
2)1年間につき、一律米貨12,500ドル又は相当額が支給されますので、2年間で
米貨25,000ドル(旅費を含む)が給付されます。
※ 資格のない者:ロータリアン、RC・地区・その他R組織の職員、その配偶者、直系親族、
その配偶者・両親・祖父母、36カ月以内に退会した元ロータリアン及び元ロータリアンの上
記のような親族
※ 他の奨学金と兼ねて受験可能です。
【申請書締切日】
クラブ〆切 2004年 3月31日(水)
語学試験 2004年 5月15日(土) 於:関東学院大学小田原校地
内容は、留学国語による筆記論文試験 及び 会話試験の予定です。
試験は、大学教授、講師或いは、同等以上の各国語の専門家により行います。
面 接 2004年 5月29日(土) 於:藤沢産業センター
※応募者数によっては語学試験の成績で面接試験の人数を制限することもあります。
合格発表 2004年 6月 3日(木)
オリエンテ-ション 2004年 6月 5日(土)








六本木ヒルズ見学、新宿小笠原邸にて移動例会が行われました




新堀会員の会社の屋上で行われました。
インターネット上のクラブeClub
Oneいつでもメイキャップできます。 左はメイキャップカードです |
・Santa
Monica RCメンバー150名のビッグクラブにメイキャップに行って来ました。 |
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会長 田中 秀明
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副会長 譲原 彰
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幹事 川口 功一
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副幹事 釼持 久資
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