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2004年03月30日

 第1165回例会

会長あいさつ 田中秀明会長

 新会員入会について異議申し立てがありませんでしたので、承認されたものとみなし4月1日の例会より出席して頂く予定です。IM合同例会の記録を作成中ですが、途中段階を拝見しましたがとてもよくまとまっていると思います。小田原城北ロータリークラブより「ロータリーアクトの適任者を推薦して頂きたい」との申し出がありました。皆様のご協力をお願いいたします

幹事報告 川口功一幹事

1.本日例会終了後、25周年記念事業の打合せを行いますので、関係者はよろしくお願いいたします。
2.イランのハミド君より手紙が届いていますので回覧させて頂きます。

卓話「私の“ロータリー50年”に学んで」 竹内敏郎様(熱海RC.一望閣オーナー)

 3月17日に行われたペッツの内容(主に次年度関連)について、要約してご報告いたします。
 次年度会長は、アメリカ・アラバマ州出身のグレン・E・エフテス氏で、テーマは「ロータリーを祝おう~ロータリー百年の歩み~」です。また次年度ガバナーは茅ヶ崎湘南RCの松宮剛会長で、「調和のとれたクラブの運営」が基本方針ですが、世代間を超え、親睦を通じてお互いに涵養の精神をもって利己的なものを超越した奉仕活動が根底にあります。なお、各クラブにおいては「新会員の純増1名」と「財団寄付180ドル」を目標に活動をしてくださいとのことでした。
 私が所属する熱海RCやその周辺のRCでは、100%出席を目標にしていた頃がありました。出席の基準もとても厳しく、病気になっても例会にかけつけなくてはならないというような状態でした。ふり返ってみると、少々やりすぎとも思えますが、クラブ運営には厳しさが必要であり、会長や幹事はそのクラブの“顔”であると思っています。熱海地区のRCも経済状況も影響して会員数も激減しています。
 海外のロータリアンは、日本の例会形式をとても堅苦しく感じています。日本のどこのRCでも、形式化された同一パターンの例会が行われ、千差万別の外国の例会と比べると逆に珍しいです。メキシコのアカプルコでは開会予定の夜9時が11時開会となって果ては閉会が午前2時だったり、パリの某RCでは昼を過ぎて12時30分から始まりワインも出されて閉会が午後3時30分でした。神奈川・山梨・静岡が一区だった時代にオーストラリアへ研修に行きましたが、現地での例会場はほとんどがゴルフ場のC.Cで、早朝例会(6時30分~8時)で食事を楽しみながら情報交換をして職場へ直行、夜間例会でもゆっくりお酒を楽しんだあとに例会を行っていました。昼間の例会はめったになく、日本と比べて楽しみ方の違いを見せつけられました。会員の活動が活発になるためには、楽しい例会、おもしろく有意義な卓話、バラエティーな食事もその要因でしょう。誕生日には奥様も招待して一緒に祝ったりするなどの企画も大切だと思います。
 寄付金本位の体質もいかがなものでしょうか。自分達の寄付金が実際にどう使われているのかを追跡調査することも必要でしょう。
 先程のオーストラリア研修の時のエピソードをもう一つご紹介します。一見してもロータリー歴が相当長そうな方が例会の受付をしている場面に出会いました。他の会員に聞いたところによると、その人は15年ほど前にガバナーだった方で、その地区で一番尊敬されているロータリアンとのことでした。さらに「いつも一番早く来て受付をすることにクラブ活動のやりがいを感じているようで、39名の会員の誰しもが、彼のためなら何でもする気持ちです」とも話してくれました。ロータリアンとして、とても素晴らしい光景を見たと胸が熱くなりました。
 海外での日本人の評判も落ちています。日系二世のカナダ人の方達は異口同音に「日本のロータリークラブを通じて若い人たちがホームスティに来て帰国しても、お礼の手紙も来ません。大和魂までも韓国に輸出してしまったのでしょうか。今一番よく働いてくれるのは韓国人で、次がベトナム、日本は5~6番目くらいでしょう。日本人は外見は立派ですが、私の知っている“ヤマトダマシイ”は全然ありません」とおっしゃいます。私達は、この言葉を決して聞き捨てにしてはいけないと思います。モントリオール国際大会の資料をお渡しいたしましたが、開会式と閉会式にだけ出席してあとは観光――これで10日間60万円でした。金額はともかく、もっと国際会議に出席させるべきです。英語で「In to your shoes」という言葉がありますが、「相手を理解するには相手の靴をはくこと。そうすれば相手の靴の感触が分かる」という意味で、相手の立場に立って視点を変えるとまた違った考え方も生じてくるものです。これはクラブでの人間関係でもいえることで、常に自分に言いきかせて行動することが重要だと思います。
 RCは職業分類で選ばれたプロの集団であり、今は地域社会に密着しながらグローバルに、国際的に物事を考えかつ国際的に行動する時代です。奨学金制度によって若い人を海外留学させていますが、帰国したら「留学時代の経験や地域社会への奉仕の考え方」について意見を聞く機会を設けることも、クラブライフを楽しくさせる一因になると思います。もっと有効に人材活用をすべきです。
 余談ですが、「月間出席率1466%」という結果になったのは、その月は朝・昼・晩の例会に毎日のように出席していたためで、1420%というそれまでの記録を更新したことが私の唯一の誇りです。

Posted by Yoshida at 14:11 | Comments (0) | TrackBack

2004年03月27日

 IM記録委員会終了しました

cdr1.jpg cdr2.jpg
cdr4.jpg      IM-CDR.jpg
2/21に行われましたI.M.の記録委員会ですがCDRを48枚作成し作業を終了いたしました。
CDRと同じ内容はこちらにあります。 http://www.naka-club.org/im2004/CDR/

Posted by Yoshida at 17:23 | Comments (3) | TrackBack

2004年03月22日

 次年度地区方針概要

              「百周年を祝おう!」
                                      松宮 剛(茅ヶ崎湘南RC)

 次年度RI会長グレンE. エステス シニア氏が提示されたテーマは、「ロータリーを祝おう-百年の歩み」という極めて明快なものでした。国際協議会におけるアドレスで彼は次のような事を語っています。
 「私自身は、ロータリアンになるはるか以前からロータリー家族の一員でした。私の両親には息子が七人、娘が一人おり、私は末っ子です。・・・兄たちの中4人はロータリアンでした。その中3人はそれぞれ違う都市でクラブ会長を務めました。・・・私は兄たちを深く敬愛し、彼らのようになりたいと思っていました。ですから、1960年にロータリーへの入会を勧められたときのなんともいえない達成感をお分かりいただけると思います。事業生活および職業生活における誠実さと、高い道徳的水準を象徴する組織に加わったことが誇りでした。・・・なぜ私がロータリー入会に関心があったのか、何が私の関心を捉え続けたのか回顧してみると、それはクラブの親睦とクラブに代表されていた多様な職種だったと言えるでしょう。」
 私はこの言葉を大切にしたいと思います。皆さんもおそらくこのような感慨をロータリーに対して持たれたことと思います。打ち解けた親睦に浸りながらも、一方でロータリアンたることに伴う緊張感を絶えず負うているという自覚がありました。その事を忘れないでいたいと思います。
 ロータリー百年の価値と実質の根拠がそこにあります。
 私たちが、クラブで、職場で、地域社会で、私たちの世界でロータリーを祝うとき、その事を忘れないでいたいと思います。
 クラブ例会を大切にして下さい。「例会は人生の道場である」米山梅吉翁は言いました。
「なぜだろう?」皆さんそれぞれが一年を送る中でそれぞれの解答に到達してください。
地区の方針というのは、実はそれぞれのクラブが独自性の中で充実する事以外にはありません。「個々のロータリー・クラブがロータリーの綱領を推進するのを助けることを唯一の目的とする」のが地区だからです。
しばしば誤解を受ける事に、「地区からやらされている」と思われている幾つかの活動があります。具体的なお話はこの場では致しませんが、そうした活動も本来はクラブの活動であったり、クラブとクラブとの活動であったりしたのです。このことを念頭においてそうした活動に参加してください。きっと見え方が変わるはずです。当然地区の委員会も本来のあり方を常に意識しつつ、クラブをお手伝いするつもりです。
百周年記念活動として、クラブの双子クラブ・プログラムと百周年社会奉仕プロジェクトを支援します。クラブで積極的に取り組んでください。

RIの強調事項は、保健問題、水管理、識字率向上に関連したプロジェクト実施の推奨です。考慮してくださることを期待いたします。
今ひとつ、「ロータリー家族委員会」の設置を推奨しています。単に会員だけのロータリーと言うのではなく、その家族、親善奨学生、インターアクター、ローターアクター、ライラ受講生、青少年交換学生、米山奨学生、などロータリー精神に些かでも触れた人達はみんなロータリー家族であると言う認識のもとに、この輪を広め、深めていこうとするものです。クラブ親睦とクラブ充実の一助としてください。
百周年の3大目標は、「ポリオプラス」の前進、「会員増強」および「財団支援」です。財団支援については「Every Rotarian, Every Year」毎年、全てのロータリアンが(100米ドル以上)という目標を掲げています。日本と違って寄付額の圧倒的に少ない地域がある実情によっています。私たちの地区では180ドル以上を目標に致します。
増強は、純増一名を是非達成いたしましょう。ポリオプラスは最後の50ドルをいただいて約束を達成する年度になります。ご一緒に頑張りましょう。
日本独自の米山奨学事業については充分ご承知のことと思います。我々の年度もここ数年と同じ目標額20,000円を設定して頑張ってゆきたいと思います。
例えば一月3,500円捻出する方策をそれぞれで考えてくださることは、とても意味があると思います。そうすると私たちの役目は、有効に使われているかどうかを厳しくチェックするという事になるでしょう。
百周年を如何に祝うかは様々だと思います。しかしロータリーの価値と実質は「祝うに足る充分な根拠」を持っています。意義ある愉しい年度にいたしましょう!
私たちのクラブで、私たちの地区で、
         ロータリー百周年を 大いに祝おう 
                        ではありませんか。

Posted by Yoshida at 15:56 | Comments (0) | TrackBack

2004年03月13日

 第1164回例会

会長あいさつ 田中秀明会長

 「ガバナー月信」第9号に“青少年交換学生の選抜は7名と、前年度より3名減としました。理由は地区会員減少による予算減とホスト・ファミリーのなり手が少なくなったことです。最近、受け入れ学生のトラブルが多く、中には1年の中途で帰国する例が出ています。彼らの多くは日本行きを希望していないのに来日した者がほとんどです。従って日本語の勉強をして来ない、日本に来ても覚えようとしない、日本の文化に興味がない等などですが、多くの交換学生は1年間の努力の末、日本語も話せるようになり、日本が好きになり帰国しています。”という文章が掲載されています。また同誌には当クラブのIM記録委員会による「IM報告」や「国際大会での通訳募集」「1月出席報告および会員総数」なども掲載されていますので、機会をみてご一読ください。

幹事報告 川口功一幹事

03313.jpg1.創立25周年実行委員会の構成表をお渡しいたしましたので、各自の役割を確認し、ご協力をお願いいたします。
2.新会員についての前段の処理が終了いたしましたので、本日郵送させて頂きます。結果の発表は25日の例会でさせて頂きますのでご了承ください。

卓話「財団奨学生としての学業と国際親善」 財団学友 関田美里様

(関田さん財団奨学生帰国報告をご覧ください、当日お見せできなかった写真も掲載しました)
元交換留学生のカール君が当クラブに来訪(写真)

Posted by Yoshida at 17:35 | Comments (1)

 関田さん財団奨学生帰国報告

sekita.jpg
小田原中ロータリークラブの皆様。2001年度財団学友、関田美智です。2001年度ロータリー財団親善奨学生として、中クラブにご推薦いただき、2年半の間、カナダで勉強をしてまいりました。昨年末に、住み慣れたバンクーバーを去る決意をし、梅香る、懐かしい小田原に帰ってまいりました。留学中は連絡不足で、中クラブの皆様、特に井上カウンセラーにおいては、大変ご心配をおかけしたと思います。今日、このように皆様の前でお話しをする機会を与えていただき、少しでも、私が財団奨学生として修めた学業と国際親善についてのご報告ができればと思っております。

さて、皆様ご存知の通り、私は1994年度ロータリー青少年交換学生として、カナダに留学をしておりました。そして、2001年度には財団奨学生としてカナダに留学を実現させました。なぜ、カナダなのか、なぜ私がカナダに魅せられるのか。まずはここからお話したいと思います。

カナダという国は、世界でロシアに次いで国土面積の大きな国であるにも関わらず、お隣のアメリカ合衆国の陰に隠れがちで、観光と自然以外にはあまり注目を浴びない国です。しかし、カナダは社会学・人類学的に見ると、人種のるつぼといわれるアメリカ合衆国と同様、様々な民族、言語、文化であふれた、非常に興味深い国です。1971年に、世界で初めて、多文化主義政策を、国レベルで実施した国でもあります。イギリス系とフランス系の移住者たちが、先住民たちの住んでいた土地を開拓し、1867年にカナダ連邦成立にいたるわけですが、その後増え続けた移民は、さまざまな文化的背景を持ち込みました。それをうけ、カナダは文化のモザイクを形成しているといわれることが良くあります。見た目も、話す言葉も違う国で育った人々が、「カナダ人」になる・・・。「カナダ人」という定義はいったいどこにあるのでしょうか。カナダの魅力は、この「あいまいさ」、といってもよいと思います。実際に、カナダ人に、カナダ文化、カナダ人の定義を尋ねても、答えは十人十色です。

canada day.jpgしかし、この「あいまいさ」から生まれる問題がひとつあります。それは、「だれがカナダ人か」という問題です。これは、特にビジブル・マイノリティと呼ばれる人々が直面します。ビジブル=目で見える、マイノリティー=少数派という意味ですが、アジア人、アフリカ人のように、見た目が「白人でない」人のことを指します。祖父母が移民し、自分はカナダでうまれた3世代目の日系カナダ人の友人、イアン・岡部。祖父母が他界した今、日本とのつながりは全くなく、根っからのカナダ人ですが、見た目は全く日本人と変わりません。自分の国に住んでいながら、「どこから来たの?」と質問をされることは少なくなく、しばしば、「なぜ日本語が話せないの?」と聞かれることもあります。ビジブル・マイノリティは、イアン・岡部のように、カナダ人でありながら、「カナダ人」と「日本人」の狭間に置かれてしまったような人ということができます。カナダの人口は約3000万人、ビジブルマイノリティと呼ばれる人々はうち、400万人に達します。私は、文化人類学的視点から、このようなカナダの「あいまいな」アイデンティティから生まれる諸問題を研究する必要があると考えました。

私が二年半を過ごした、バンクーバーは、北アメリカの太平洋岸に位置します。アジアへの門といわれるだけあり、アジア系移民の顕著な町です。バンクーバー市とその周辺の20市町村を含めた、大バンクーバーの人口は約200万人、うち72万6千人はビジブル・マイノリティで、人口の37%に相当します。そのうち58万8千人は、いわゆるアジア人(中国系、韓国系、日系、東南アジア系、南アジア系移民)です。そのバンクーバーにあるのが、私が通ったブリティッシュ・コロンビア大学、通称UBCです。私はUBCの大学院で、文化人類学を勉強しました。UBCは、大学といっても町一個分くらいの大きさがあります。キャンパスの中には学生寮だけでなく、一般住民の住居も立ち並んでいます。また、ゴルフコースもキャンパスの中にあります。一度だけ、キャンパスを横断して歩いたことがありますが、1時間かかりました。

bonodori.jpgそんなUBCで、私は、日本研究をなさっているミリー・クレイトン教授のもとで、研究を進めました。修士論文のテーマに取り上げたのは日系カナダ人で、特に日系人と非日系人との間に生まれた子供、日本で言われる「ハーフ」のアイデンティティに焦点を当てました。日系カナダ人社会では、ハワイ語の「ハッパ・ハオレ」、半分白人というかつては差別用語であった言葉を肯定的に見直し、そのような子供たちをハッパと呼びます。日系カナダ人には、第二次世界大戦中、強制収容所に送られた苦い歴史があります。これは、「日本人」か「カナダ人」かの間に挟まれてしまった、皮肉な歴史です。戦後、多くの日系カナダ人は、日本人であることを捨て、白人社会への同化を進めました。結果、日系カナダ人3世の90%以上が、日系人以外のパートナーを選びました。1877年に最初の日本人がカナダに到着してから125年以上がたった現在、日系カナダ人社会は、これまであった、「日系人」という概念を大きく変え、薄れ行く日本の血を、民族と文化の終焉としてみるのではなく、あたらしい日系文化の始まりとして見る必要性に迫られています。また、日系社会には、日系カナダ人だけでなく、1970年代以降に移民した新しい日系人もいます。そこに、「ハッパ」と呼ばれる子供たち、の子供たちが加わり、カナダの日系社会は、カナダ同様、「あいまい」な社会となりました。この「あいまいさ」は、多様性、としてみることができ、肯定的に受け止めることで共生=共に生きることが始まります。

powellshishimai.jpg研究の資料は、文化人類学的手法から、フィールドワーク、パーティシパントオブザベーション、いわゆる参与観察、を行いました。日系コミュニティーでボランティア活動をはじめることで、日系コミュニティーとの関係を徐々に築き上げていきました。日本語はほとんどはなさない日系カナダ人の中で、「美智は日本人らしくないね」といわれながら、親しい友人を何人も作りました。その結果というのは変ですが、大バンクーバー日系カナダ人市民協会(JCCA)が発行する、月報の1月号の表紙を、飾ることになりました。

文化人類学とは、文化や民族の研究をする学問ですが、その根底にあるのは、調査者の興味と、調査者と非調査者が築き上げる友好関係ではないだろうか、と私は考えています。個人的なレベルでの国際交流、といえると思います。調査する側の立場でしたが、調査というよりも、教えてもらう、分けてもらう、という気持ちで人に接しました。日系人の調査をし、バンクーバーで日本を学んだ、というのが本当のところです。

この研究の成果は、5月の卒業と同時に、修士論文として出来上がります。現在、日本語訳を作成中しておりますので、興味のあるかたはぜひ、お申し付けください。また、余談ですが、6月6日の日曜日に、小田原市の国際交流ティーサロンで、お話しすることが決まりました。ぜひ、足をお運びください。

2年半の間、ロータリー活動も、できる範囲でがんばってやってまいりました。カウンセラーのエレノア・マクワネルさんは、ロータリアンとして活躍する女性の一人です。家族のように接していただき、2年半、たっぷりと甘やかされてまいりました。

ロータリー活動のクライマックスは、2003年5月に、当時RI会長でいらっしゃったビシャイ・ラタクール氏が、UBCを訪問され、個人的にお話をさせていただいたことです。RI会長に会うのは初めてのことで、雲の上のような方かと思っていましたが、そこら辺にいるおじいちゃんのようなかたで、あたたかいお人なりを感じました。

バンクーバーには、毎年約7名の財団奨学生が集まりますが、私のいた年はほとんどが日本人とドイツ人でした。5040地区から、外に派遣する財団奨学生はかろうじて1人です。現在5040地区のガバナーになったメアリー・ワトソンさんは、当初財団奨学生のコーディネーターをなさっており、財団奨学生を増やそうと、がんばっています。今年大阪で開かれる、5月のRI国際大会では、彼女との再会を約束しました。財団奨学生の任務は終わりましたが、財団学友として、これからもできる限りの活動をしていきたいと考えています。

現在私は、日本へのリハビリ中です。高校留学の時よりも、今回の留学のほうが日本とカナダの差異に気づくことが多かったので、今、様々な違いに悩まされています。その中でも一番大きな違いは「時間」。カナダの特徴は文化的、民族的な「あいまいさ」だとお話しましたが、カナダは時間も、「あいまい」です。「待ち合わせは6時ね」、という会話はなく、「6時ごろね。」の「ごろ」がつきます。バス停にも時刻表はついていません。「日中のみ」運行という表示があるのもありました。2年半、そんななまぬるい環境の中で甘やかした時間的センスは、日本に帰ってきて、分刻みに記される時間に圧倒されています。住み慣れたバンクーバー、定年後に、ゆっくりと隠居をお考えのかたには、本当におすすめです。日系コミュニティーもありますので、ぜひどうぞ。

私は、今後4月より、中央大学大学院、総合政策研究科の2年次に復学し、カナダで学んだ文化人類学を活かし、日本語で修士論文を書く予定です。これからまた1年、学生に戻りますが、今年で学生は辞めるとここで宣言をしますので、ご安心を。これからまた、中クラブの皆様にはお世話になることが多々あると思いますが、よろしく、ご指導願いますよう、お願い致します。

Posted by Yoshida at 11:08 | Comments (1)

2004年03月08日

 ゴルフ同好会九州旅行

9shu.jpg

期日:04年3月6日、7日
集合場所:小田原駅
集合時間:午前4時45分

6日
ゴルフ組:芥屋ゴルフ倶楽部 11:12スタート
観光組:大宰府天満宮参拝

夕食:稚加栄にて

7日
柳川船下り-御花(昼食、見学)-吉野ヶ里遺跡

コメント
九州とは思えぬような寒さと雪の中の旅行でした。
1日目は多くの方が福岡の夜を堪能。
2日目朝の出発には3名がダウンして不在。
柳川の昼食にタクシーを飛ばして合流してくれました。
吉野ヶ里遺跡は整備も進み、遠く弥生時代に思いをはせました。

(新堀さんよりコメント頂きました。)

Posted by Yoshida at 14:24 | Comments (2) | TrackBack

2004年03月04日

 第1163回例会

会長あいさつ 田中秀明会長

 「ロータリーの友」誌3月号に、“ロータリーとは――ロータリーの誕生とその成長、日本のロータリー”という記事が掲載されています。とても有意義な内容ですので、是非ご一読ください。

幹事報告 川口功一幹事

〔理事会報告〕
1.3月と4月の卓話が承認されました。
2.創立25周年実行委員長の金子会員より各委員会の組織構成案が提出され、承認されました。

 世界社会奉仕委員会(田口和久委員長)よりネパールベッド支援の寄付をお願いしていますので、目標達成に向けて、皆様のご協力をよろしくお願いいたします。

金子義明記念事業実行委員長
 本日のクラブフォーラムに際し、5周年・10周年・20周年の記録を調べて参りました。小田原中ロータリークラブは、1980年(昭和55年)4月17日、国際ロータリー第250地区32名の創立会員をもちまして発足いたしました。当時の会員も現在は8名になってしまいましたが、各周年行事は全てチャーターメンバーの皆様のお力によりまして成し遂げられた訳でございます。今回の25周年記念事業は、チャーターメンバーの手を離れて初めて行われます。その意味でも、今から不安がいっぱいです。日本経済の不透明な時代が続いていることも要因となってか、20周年の時点と比べると約60万円減額の予算で行わなければなりません。10周年、20周年で発行された記念誌を拝見いたしますと、各委員会の大変なご努力と、寝食を忘れての奉仕の姿にロータリーの精神を見た思いがいたします。25周年を迎えるにあたりまして、一層の努力と全会員の結束は欠かせないものであり、50周年に向けての“基礎”を私達が固めなくてはいけないと考える次第です。本日のフォーラムで皆様から有意義なご意見を頂きまして、各委員会の活動に反映させていきたいと思います。
●池田宏行総務委員会委員長
 〓予算〓記念品〓来賓・招待者の選定についてご意見をお聞かせください。
●古屋正義式典委員会委員長(金子委員長が代弁)
 過去の周年行事記録に従い、格式ある式典を執り行う必要があると考えます。
●釼持久資祝賀委員会委員長
 漠然としていますが、「格調の中にもぬくもりの感じられるパーティー」をコンセプトに、中RCらしさを全面に出したいと考えています。
●露木英治事業委員会委員長
 委員長も申されましたが、予算がだいぶ縮小されるようです。限られた金額で、社会奉仕・国際奉仕、できれば拡大事業も考えています。
●田口和久記念誌委員会委員長
 〓内容を25周年の集大成か、20周年以降の5年間にするか〓発行期日〓予算(66万円)の検討〓配布先の選定についてご検討ください。

 各委員会より提起された問題について、次のような意見が出されました。
●25周年の記念事業なので、クラブからの多少の資金追加や特別会費が発生しても、意義のある事業や記念誌を発行した方が良いのではないかと思います。(新堀会員)
●「何のために、誰のために記念事業を行うのか」ということを重要視して頂きたいと思います。10年単位を重視し、比較的簡単に済ませても構わないと思います。(堀会員)
●ロータリークラブの本質に沿って様々な事業が行われている訳で、25年間の歴史の記録として慎重に残すべきと考えます。中RCの活動の証として、後世に残る事業を実現してください。(梅津会員)
●記録は人間の記憶とちがってはっきりと形に残るものですから、とても重要だと思います。費用については、全員で智恵を絞ってやりくりしてくださるようお願いいたします。(菊地会員)
●以前、岐阜の各務原RCを訪問した時がそのクラブの創立25周年でした。特に目立った事業はなかったように記憶していますが、ボーイスカウトに数百万円の発電機を寄贈したそうです。私は、こういう形で行う例もあるのかと思いました。余談になりましたが、小田原中RCの歴史はだいじにして頂きたいとお願いいたします。(加藤会員)

交換留学生の林君(台湾)が出席しました。小田高の卒業式に出席するために来日。

Posted by Yoshida at 14:30 | Comments (0) | TrackBack

2004年03月01日

 第1162回例会

会長あいさつ 田中秀明会長

 先週のIMでは、多数のご参加を頂きましてありがとうございました。また、記録担当の方々は早くから準備に携わって頂き、お疲れさまでした。3月4日の例会では、「創立25周年事業をどのように進めるか」というテーマでクラブフォーラムを開催し、多くの方から忌彈のないご意見をお聞かせ頂きたいと思います。来年度のロータリーのテーマは、「ロータリーを祝おう」です。譲原会長のもと、皆様のさらなる結束をお願いいたします。
 すっかり“春”のようなこの頃ですが、まだ季節の変わり目です。くれぐれも健康にご注意ください。

幹事報告 川口功一幹事

1.「ロータリーの友」誌読後アンケートをお願いしてありますが、締め切りが過ぎていますので、未提出の方は明日中に事務局へ提出してください。
2.「ロータリー百年史」購入ご希望の方は、事務局へお申し込みください。
3.IT委員会作成の資料をお渡しいたしましたので、是非ご覧ください。

卓話「証券業界と今後の経済情勢」  志賀 優会員

 先ず日本経済における金利動向ですが、来年早々あたりまでは上昇は考えられず経済状況は良くありません。それに絡んで、株式市場の中で一番の人気は「Jリード」という不動産投信で、上場している銘柄です。配当が高く、4~5%と予想されます。新聞紙上でも発表されていて、具体的に申しますと、東急リアルエステート、日本理研ファンド、ジャパン・リアルエステートなどがあげられます。これらは半年に1回配当が出ますので、弊社ではパックにして販売しています。投資金額は700万円くらいですが、分散投資ですのでリスクも少額なので人気が出ています。
 次に為替ですが、これは非常に動きが分かりにくいものです。動きとしては、1年に20円くらいの幅があります。現在はドルと円のバランスが安定していないので、日米間の政局状況の影響をまともに被ります。結論から申しますと、115円から100円の間で動きそうで、全般的には、今年は円高傾向になると予想されます。アメリカの大統領選もあるので、ドル安基調はしばらく続くでしょう。
 次に、日本のダウはと申しますと、これは私の独断的見解も含めて余り上がらないと予想され、上がって13,000円、下は最悪でも9,500円くらいと考えられます。私が申しあげたいのは、ダウの動きではなく、個別銘柄の動向で対応して頂きたいということです。思いきった業種の変革によって、今までの“ネームバリュー”が通じなくなる場合が起きてくるでしょう。円安になったからといって全ての輸出産業が上昇するという確証はありません。金利はいくら低くてもダウの上昇余地はあまり考えられませんが、個別銘柄では傑出して上がるものが出ることは充分予測されます。
 低迷する世界経済の中で一番活気を呈しているのは、中国です。2001年の都市部における家電の普及率は、カラーテレビ120%、洗濯機92%、冷蔵庫81%という調査結果で家電はほとんど飽和状態といえるでしょう。このほか、カメラ40%、エアコン35%、携帯電話34%、パソコン13%、乗用車0.6%です。このことから、中国市場での株式の狙いは〓車、〓五輪を控えているので高速道路関係、〓電力関係、〓パソコンの4つの銘柄です。
 話は変わりますが、株券を手元にお持ちの方がいらっしゃいましたら、そのままにしておかないで、証券会社へ相談をしてください。と申しますのは、株を売る場合に株券の買い値がはっきりしないときは、多額の税金を払うようになるからです。ですから、買ったときの値段を証明できるようにしておく必要があります。それを証券会社に依頼してください。国会に「株券不発行制度」が提出される見通しで、あと6~7年の間に株券がなくなることはほぼ間違いありません。
 最後になりますが、日本国内の注目株として一部上場の日本信号、精密機器の制御装置メーカーのナブテスコ、住環境機器のマックスの3つをおすすめいたします。先程ご説明いたしました中国市場での注目株に夢を賭けてみるのも面白いかもしれません。

Posted by Yoshida at 13:03 | Comments (0)