卓話「偶然・あまりにも日常茶飯の神秘—九鬼周造の世界」 伊東宗之様(善福寺住職・小田原北)

人の世には偶然と必然があり、全ての出来事は必然で定められていると考えられているようですが、私達の人生はほとんどが偶然によって支配されていると、私は思います。釈迦の悟りを「因縁果」と申しまして、因は直接的な原因、縁はそれに基づいて人間が作る間接的条件、それによってもたらされるのが果(結果)です。私がここにきてたまたま皆様とお会いするのも不思議なことで、この「たまたま」という言葉は軽々しく聞こえますが、とても恐ろしい意味を含んでいます。偶然について研究を続けた九鬼周造は、著書の中で「偶然とは2つのものが同時に合体することであり、独立した2つの体系の遭遇」と表現しています。私も皆さんもそれぞれ違った因果の体系をもっていて、今日のようにお互いがたまたまある機会に“未知との邂逅”をすることが偶然なのです。一方、必然とは必ず起きることであり、物を落とせば落下することも必然です。その原因が複雑になれば、また偶然になります。各々の事象には原因がありますが、2つの体系が出会う原因はないので、偶然は決して避けられないものなのです。ニュースで報道される事故や事件のほとんどが偶然によるものですが、たまたま買った宝くじが当たったというように、偶然には良いこともあります。
私達は“瞬間”しか認識できませんし、仏教でいう諸行無常の中で生かされていますので、不安な状況の中に置かれていることを忘れないでください。偶然については古代ギリシャ時代から、アルキメデスやピタゴラス等によって研究されていましたが、現在になっても解明されていません。また九鬼周造は、偶然には 1.法則を無視した偶然 2.独立した2系の遭遇 3.ただ一つの存在の3つがあるとも述べ、人間として生まれたこと自体が偶然であり大きな意味をもっています。
これからも偶然と呼ばれる事件や事故は起こるでしょうが、操作された何らかの力が働くと遭遇はなくなり偶然は起こりません。しかし、いつまた違った偶然に合うとも限りませんし、この繰り返しです。
釈迦(釈尊)は、たまたま出会った縁を大事にすることと説き、天神菩薩は、出会うことはむなしいことではないと教えています。これからも偶然によって起きる各々の出会いを大切にしてください。
会長あいさつ 池田宏行会長
明後日(17日)に行われる会長幹事会において、懸案となっているガバナー補佐の問題、交換留学生受入れの件、ならびにIMについて検討され、何らかの結論が出るものと思われます。IMについては来年2月開催の予定とし、中RCの例会日に行いたいと考えています。次回の移動例会および次々回の最終夜間例会には、是非ご出席くださいますよう、よろしくお願いいたします。
幹事報告 豊田 靖幹事
1.2名の新会員候補については異議申し立てがありませんでしたので、片岡ロータリー情報委員長と共に訪問して入会手続きを進めたいと思います。
2.カール君の結婚式の写真が届いていますので回覧させて頂きます。