卓話「米山梅吉を語る」 井口賢明米山梅吉記念館常務理事
日本で初めてのロータリークラブは1920年(大正9年)10月20日に創立されましたが、その陰には米山梅吉や福島喜三次らの尽力があったことを忘れてはいけません。そして翌年4月1日に世界で855番目のクラブとして、国際ロータリーに加盟が承認されたのです。
米山梅吉は1928年(昭和3年)7月から3期にわたって日本のガバナーを務めましたが、1931年(昭和6年)6月12日に大阪クラブの例会でロータリーについての講演を行いました。
その全文は当記念館創立35周年記念誌に掲載されていますが、国際ロータリーが100年、日本のロータリーが85年経った今、原点に還ることが盛んに叫ばれていますが、このことを考える時、大いに参考になるものと思います。本日はその話をさせて頂こうと思います。その要旨は次のようなことです。
・ロータリーほど良い会はない
・アメリカの天真爛漫さと日本の真面目さをつきまぜよ
・ロータリーは、日本人の精神的な地味に適している
・世界語としての英語をなるべく使いたい
・ロータリーは、単純であらしめたい
・ロータリーは、いつまでも壮年であれ
・ロータリーは、サービスとフレンドシップの2語に尽きる
・ロータリーの6つの綱領を信奉せよ
〈注・当時の綱領は6つで、現在のように4つになったのは1935年(昭和10年)のことです〉
これらのことは、ロータリーの基本にもふれるものだと思います。
ちなみに、このとき大阪クラブは、以前ポール・ハリスとチェスリー・ペリーに贈ったものと同じ記念章を米山梅吉に贈りました。米山は例会での話の後、2時間半にわたって有志10名ほどとロータリーのことなどについて懇談をしました。また夜は6時から歓迎会が行われましたが、ここでも懐旧談などに花が咲いて延々10時半まで続いたそうです。
米山梅吉記念館
米山奨学事業は、日本初のロータリークラブ創立に貢献した米山梅吉の功績を記念して発足しました。
米山梅吉没後6年の1952年(昭和27年)11月、敗戦後の復興が続く中、東京ロータリークラブの会員によって東京ロータリークラブ奨学事業「米山基金」設立の構想が立てられました。そこには、奨学事業を通じて世界に“平和日本”の理解を促すと共に、東洋諸国の学生を日本に留学させる願いがあったのです。12月に可決され、翌1953年(昭和28年)に発足しました。
この事業はやがて日本国内全クラブの合同事業として発展し、1967年(昭和42年)に文部省(現在の文部科学省)の許可を得て、財団法人米山記念奨学会となりました。
「1ヶ月のタバコ代を節約して奨学金に」から始まった米山奨学事業は、設立以来累計で奨学生数は12,000人を超え、国籍別では101ヵ国となりました。
−2004年(平成16年)7月現在−
会長あいさつ 池田宏行会長
個人的には新館ができてから訪れるのは初めてですが、本日は井口常務理事の卓話を拝聴しながら、ロータリークラブの原点について勉強して頂きたいと思います。
地区より依頼がきているパキスタン地震への義援金については、一人1,000円をお願いいたします。
また、東大阪東RCとのWCS事業についても同額をお願いいたします。共に次週より徴収を始めたいと思います。