卓話「多彩な中国の衣服」 崔嵐様
原始人たちが、手に入れた獣の皮を剥いで乾かしてから身にまとったのが衣服の起源です。
ご存知のように、中国は世界で初めて絹の生産に成功した国です。少なくとも4000年以上の歴史を持ち、漢の頃に絹産業が盛んになり有名なシルクロードが形成されたのです。シルクは、私達の日常生活をきれいにしてくれると共に、昔から中国と世界諸国の友好関係を作るために大きな役割を果たしたといえるでしょう。
やがて麻が織られ、13世紀頃から木綿が揚子江下流地域で盛んに栽培されるようになりました。木綿の紡績工業が速やかに発展し、麻に代わって日常生活で主な衣料品として民間に広がっていきました。
中国の染色工芸はずいぶん古くから発展しました。戦国時代(紀元前4〜2世紀まで)には、既に5色(青・赤・白・黄・黒)で染められていたようです。秦の時代には、陰陽五行の思想が衣服の色を左右するようになりました。簡単に申しますと、世界は木・金・水・火・土の5つの物質から成り立っていると唱え、それを色とつなげた訳です。東方は木で色は青、南方は火で色は赤、西方は金で色は白、北方は水で色は黒、中央は土で色は黄とし、秦の首都西安は北に近いため、旗も衣服も黒だったそうです。
中国の衣服の色づかいには、一つの傾向が見られます。濃い色が尊ばれ、薄い色はその下で庶民の普段着に多く用いられました。官服の色も紫、赤、濃い緑の順で、民間では赤色が縁起のいい色とされる理由もこのあたりにあると思われます。
中国語に「纒足」という言葉があります。これは長い中国の歴史において美意識を表すもので、中国の女性に多大な影響をおよぼしました。纒足とは、足の指に長い布を巻き親指以外の指を足裏に折り込むように固く縛って、大きくしないようにするものです。100年位前までは、足が小さいほどきれいな女性とされてきましたが、1911年の辛亥革命で纒足が禁止され、ようやく女性も新しい美意識と価値観を自由に求めるようになりました。
中国といえばやはりチャイナドレスですが、中国語では「旗袍」と書きます。「旗」とは元々満州族の軍隊の単位名で、満州族を「旗人」と呼びました。「袍」とは長い着物を指し、「旗袍」は旗人の固有の服装の名前となったのです。清の時代の終わりと共に、旗袍も歴史の舞台から一時姿を消しました。
1920年代に入ると、上海は上流社会の貴婦人と令嬢たちの社交場として発展し、そこから「旗袍」が再び甦りました。洋服ファッションの影響を受け、旗袍の裾は膝下まで達し、スリットもそれに連動しました。スタンドネック(立ち襟)も高低の流行を追い、ウエストを引きしめてボディラインを強調するようになり、女性なりの美しさを引き出すようなチャイナドレスが誕生したのです。柔らかく艶やかな生地に繊細で美しい刺繍をほどこし、花びらのような飾りボタン、袖や立ち襟の縁どり——いかにもクラシックでエレガント、上品な雰囲気を感じさせます。
人類の“美に対する追求”が生まれつきのものならば、私達の祖先は自分をより美しく見せるために、また、異性の注意を引くために工夫を重ね、時代の流れに合わせて美しい衣服を作ってきたのです。
会長あいさつ 譲原 彰会長
2007〜08年度ガバナーノミニーの件ですが、対抗立候補者への必要数の支持があったために選挙になるようです。
次年度会長幹事を励ます会を、6月17日(金)午後6時30分より河鹿荘にて行いますので、よろしくお願いいたします。
幹事報告 西山文男幹事
1.入院されている堀金会員のその後の経過は順調で、歩行も開始しています。面会も自由にできるようですので、見舞いに行かれると喜んで頂けると思います。
2.病気療養中の野中会員より退会届が出され、理事会で承認されました。
3.2名の会員より退会届が出されましたが、理事会では保留とさせて頂き、慰留に努めることにいたしました。後日正式に発表されましたら、皆様からも慰留をすすめて頂くことをお願いいたします。
4.英文ロータリアンが届いていますので、回覧させて頂きます。