会長あいさつ 田中秀明会長
いよいよ本年最後の例会になってしまいました。皆様ご承知のように、立川会員が亡くなられましたので、当初予定していた「クラブフォーラム」を変更して「立川会員を偲ぶ会」を行い、数人の方からスピーチを頂きたいと思いますので、よろしくお願いいたします
幹事報告 川口功一幹事
1.米山学友会の新年会が、1月11日(日)午後2時より藤沢産業センター交流サロンで開催されます。
堀金会員とジョイさんに出席して頂く予定です。
2.1月1日は新年休会で、8日は河鹿荘にて新年賀詞交換会を行います。場所・時間をお間違えないようにお願いいたします。
立川伸一君を偲んで(クラブフォーラム)
田中秀明会長
立川会員が最後に例会に出席されたのは、10月23日でした。その後入院され、完治しないまま死去されました。立川会員は、ロータリアンらしく決して表面には出ず、常に陰に回って融和をはかっておられ、当クラブにとって重要な人材を失ってしまったと思います。改めて追悼例会を催したいと考えておりますが、本日は、静かに故人の冥福をお祈りいたしたいと思います。
金子義明会員―――――――――
今年最後の例会が、立川会員を偲ぶ会になってしまったことはとても無念です。突然のことなのでうまく話せるか分かりませんが、今の心境は「気軽にキャッチボールのできる相手が急にいなくなったよう」です。私は、気を使わずに生涯にわたって、“ボール”を投げ合える相手の一人だと思っていましたので、とても残念でなりません。立川会員との出会いは昭和41年(1966)で、RC会員としての23年間を含めると37年間になります。中RCに入会してから親交も深まり、家族ぐるみでお付き合いをさせて頂いた次第です。デリカシーが強く、趣味は鮎釣り一筋で物静かで心あたたかい人柄でした。元気な頃は酒豪だったようですが、酒豪の席でも人をもてなすことにつとめていました。私も教えられたことが多々あります。とにかく、やさしい人でした。
井上久嘉会員―――――――――
立川会員と金子会員と私は同じ学校でしたが、学年が1つずつ違っていたので学生時代は知り合うことはなく、三人が小田原二世会に入会してから顔見知りの間柄になりました。以来、中RCへの入会から今日まで、私達3人は同じ道を辿ってきた次第です。二世会での当時の思い出は、今でも鮮明に焼きついています。立川会員はとてもダンディーで、いつもダブルの背広を着こなしていらっしゃいました。常に控え目で聞き役でしたが、私にとっては、相手の立場になって考えてくれる良き先輩でした。酒席で猪口を手にした姿は風格があり、とてもおいしそうに飲んでいたのは忘れられません。残された同年代の私達は、クラブの中枢としての意識を持ちながら立川会員の分も合わせて、クラブに少しでも貢献したいと思います。
田中 肇会員―――――――――
突然の訃報に驚きました。私が立川会員と初めて会ったのは、やはり二世会でした。立川会員の会社は、現在では不動産業ですが、以前は建設業を営んでいました。当時、何度かお伺いしたこともありますがその時は会わずじまいのままでした。実は、私の会社の建設をお願いした縁があります。と申しますのは、その当時、鉄骨を使って骨組みして、ビルを建てる技術をもっている会社はほとんどなく、材料を東京から取り寄せて受注を一手に引き受けていました。その後も、社員の就職などでも幾度か“縁”がありました。立川会員は、建設業に携わっているようには思えない紳士で、その人となりは金子・井上両会員が話されたとおりです。60歳を少し過ぎたばかりで、とても惜しい人を失いました。心よりご冥福をお祈りいたします。
梅津忠雄会員――
63歳という年齢は、私から見ればとても若く、それゆえとても惜しくて仕方ありません。皆様も自己の健康管理を徹底してください。では、謹んで立川会員のご冥福をお祈りしたいと思います。
堀内守和会員―――――――――
私が会長の時に立川会員に幹事をお願いしたことなど、思い出はつきません。チャーター会員は8人になりましたが、25周年が成功するよう、立川会員の分も合わせて頑張りたいと思います。