| 「日本へのイメージ」 劉 志傑 (米山交換留学生) (2001/10/25) | |
| 私は日本に来てそろそろ三年になります。この三年間の生活で、勉強及び日本人との触れ合いを通じて、日本の科学技術を勉強するだけではなく、日本の文化や、歴史などもすこし学ぶこともできました。私にとって本当にいい経験になっています。そこで、これから、私はこの三年間の留学生活で経験してきた事や、日本に対するイメージや、中国との違いについて皆さんに話したいと思います。 日本では、日本の習慣によって、初めて知らない人に会う時、自己紹介が必要です。私は自分の出身地を紹介した時、殆どの人は知りませんでした。私の故郷は中国の河南省という所です。中国の改革開放の前、河南省と外国の経済や、文化の交流が少なかったので、河南省を知っている外国の人は少ないと思います。そこで、私の出身地を皆さんに御紹介いたします。河南省は中国の真ん中にあります。河南省の河南とは黄河の南方を意味します。この黄河は河南省の中を流れています。中国の30省の中で河南省は人口が一番多い省で、大体一億人です。河南省は山が少なく、平坦なので、中原と呼ばれています。河南省は、物が豊かで中国の農産物の主産地です。取り分け、小麦です。毎年、河南省の食糧生産量の増加と減少は全国の総生産量を左右します。河南省は農業が盛んであるのみならず、工業と商業も別の省とくらべて負けません。商業が特に発達していますが、昔、商業の首都と呼ばれていました。省都は鄭州という所です。鄭州は河南省の政治、金融の中心です。同時に、全国の交通の中枢でもあります。例えば、鄭州駅は全国一番忙しい駅です。北駅は全アジアに一番大きい貨物運輸の中枢です。また、中国の重要な貨物集散地です。したがって、河南省は地理的な位置としてとても重要でした。よって、昔、たくさんの皇帝は河南省を首都として、中国を統治していました。例えば、東唐王朝の首都は洛陽です。宋王朝の首都は開封です。その時、河南省は中国の政治、金融、文化等の中心で、一番繁栄していました。現在、それらの時代の風格と昔中国の繁栄を代表する名勝古跡はたくさん保存されて、人気な景勝地になりました。もし皆さんは時間が有れば、是非行ってみて下さい。私がご案内致します。 日本へ留学に来て、真っ先に直面したことは日本の言葉です。つまり我々留学生として、一生懸命勉強しなくてはいけない日本語です。勉強した時、日本語の曖昧さと難しさをよく感じていました。本当に難しいです。例えば、日本語の敬語、謙譲語、動詞の活用などです。長い時間で理解と練習しないと、うまく使うことができません。これより、もっと難しいのは日本語の曖昧さです。最初、こうゆう言葉は覚えでも、正しく使うことが出来ませんでした。同じ言葉なのに、場面によって、まったく相反の意味があります。例えば、いいですという言葉です。日本に着たばかりの時、私は日本の友人の家へ日本語の勉強をしに行きました。勉強の途中で、友人にお茶を飲みますかと聞かれた時、"いいです"と言いました。そして、友人は、何も遣らずに日本語を教え続けてくれました。私は可笑しいと思い、彼に聞きました。すると、彼がそれを理解したとたん、笑いだしました。この"いい"という言葉は、時には"はい"という意味を持ち、またある時には"いいえ"という意味を持ちます。私にとってこの言葉の使い分けるのがとても難しいです。しかし、こうゆう言葉は曖昧ですが、便利な時もあります。例えば、すみませんという言葉で、感謝の意味があるし、謝る(あやまる)という意味も有ります。中国人は日本語を勉強する時、漢字が分かるので、漢字がある文章を読む時、大体の意味が分かります。でも、この利点は中国人に便利をもたらすと同時に、欠点になりました。日本語の勉強に惰性を及ぼします。中国人は漢字を見て、意味がなんとなく分かるので、辞書を調べなくなります。実は、日本の漢字と中国の漢字の違いや、正確な意味と使い方、及び発音が分かりません。ですから、何年も日本にいる多くの中国人は日本語が話せません。そして、聞き取りは別の国の人より弱いです。また、日本語の書き言葉と話し言葉は違いがあるので、日本語の勉強はもっと難しくなると思いました。外国人は日本語を勉強する時、殆ど標準語を勉強しているので、標準語で放送しているニュースのようなテレビ番組を見る時、画面の内容を見ることで、大体の意味は分かります。でも、日本人は日常生活では、殆ど話し言葉で会話します。そして、普通の会話には、たくさんの音便を挟んでいます。話し言葉を勉強したことが無いと、全然分かりません。日本で生活していて、どこに行っても、カタカナで書いた外来語が見えます。大量の外来語を日常生活で使っていることは日本語のもう一つ特色です。日本語において大量の外来語の出現は、現代の日本と外国の交流が頻繁であることが分かります。外来語と相対するのは日本の女の子が作り出した新しい日本語です。例えば、ギャル語です。このような辞書にも載っていない言葉がだんだん普及して、よく使われています。例えば、「気もい」という単語です。これは"気持ち悪い"という意味だそうです。友達と日本語の勉強体験を交流した時、日本の女の子は日本語の進歩を進めていると言う冗談を聞きました。それで、日本語を勉強する事は本当に大変な事だと思います。 私は留学生として、日本の大学で勉強しているので、一番多く触れることは、やはり日本の教育です。両国は制度や、現状及び経済発展のレベル等が違うので、教育分野では違う部分が多いと思います。日本政府は教育事業への投資金額が中国の何十倍ぐらいです。日本では高校でも、大学でも私立学校が多いです。そして、日本の学生の人数に対する大学の数は、中国より多いので、日本の学生は高等教育を受けるチャンスが多いと思います。私は授業を受けた時、日本の学校は、教科書の知識を勉強することより、もっと実際の応用能力を重んじていると感じました。中国では大学以外の殆どの学生は毎日教科書を読んで、宿題をやる等、日本の学生と比べて、実験と自分の自由に支配(しはい)する時間が少ないです。こうゆう勉強方法の欠点は勉強した知識と実際の応用と繋がれないと思います。この三年間、日本の学生と触れ合いを通じて、日本の大学生の勉強負担は中国の学生より少ないので、割合に楽だという感じがありました。 多分皆さんは中国の教育制度の現状を知らないと思います。これから、私は幼稚園から大学まで、中国の教育状況を皆さんにご紹介致したいと思います。御存知のように、中国の人口は多いです。小学校、中学校、大学は95%以上国立です。絶対数はおおいです。でも、学校の数は学生の人数と比べると、少なくなってしまいました。同時に、進学率は他の国と比べても低いです。例えば、数年前、私は大学を入学した時、進学率は15%だけでした。今でも、20%位です。よって、中国の学生は小学校に入る時から、大学を目指して、厳しい競争に直面しなければならないです。 まず、幼稚園です。中国の大陸では、人口の問題を解決する為に、一人子の政策を実施しています。今、一つの家庭には一人子なので、自分の子供もが良い啓蒙教育を受けられて、充実な実力で以後の厳しい競争に耐えられる為に、今の若い夫婦は誰でも非常に幼稚園の教育を重んじて、子供を教育レベルの高い幼稚園に送ることを望んでいます。それで、良い幼稚園は非常に人気があって、一年間の学費は大学四年間の学費よりも高いです。 小学校から、中国は日本と同じように、九年義務教育を行っています。異なる部分は中国の学生の学習負担が非常に重いということです。それに、このような負担が年々増えていく恐れがあります。今、小中学生の学習負担を減じることは現在の中国教育改革の重点となりました。 中国の学生にとって、一番苦しい時期は高校の三年間です。殆どの学校は高校三年の課程を高校の一年目と二年目に圧縮して、三年目を空けて大学の試験準備をします。日本と違って、中国の大学は自分で学生の募集権力が有りませんが、全部で中国の教育部は顔を出して、毎年七月に全国統一高等入学試験を行います。全国は試験問題も試験の時間も同じです。毎年の受験生は大体百万人以上なので、競争は非常に厳しいです。この入学試験制度にとって、一番我慢出来ない所は、地域によって合格点数と入学人数が違うということです。例えば、同じ中国の有名な清華大学では、もし満点が700点だったら、北京の学生が450点以上取れば、入学出来ます。河南省の学生は590点以上で無いと、入学の可能性が全然無いのです。それに、河南省の人口は一億人以上で、北京の約9倍のです。しかし、大学の募集人数は、北京では500人であるのに対し、河南省ではたったの50人だけです。 私は日本に来て、体験した中で一番印象深いのが日本の物価です。日本に来る前に、日本の物価が高いということは聞いていました。でも、こんなに高いと思わなかったです。日常生活には、食べ物が高いとよく感じました。日本の物価は日本に来たばかりの中国人にとって、本当に高くてたまらないと感じました。どんな物を買っても、品物の値段を見て躊躇います。私は日本に来たばかりの時、買い物すれば、いつも日本円を中国の元に直して、故郷又は中国の物価と比べました。その時、一番驚いたのはお米でした。日本のお米は10キログラムで安くても三千円は必要です。しかし、中国では、日本円では、たったの300円です。日本人と雑談した時、中国に行ったことがある日本人は、中国の物価が嘘のように安いと言いました。日本経済と科学の発達は日本人が知識に対しての重視を反映したと思います。日本で売られている本は知識伝播する特別な商品として、普通の商品に比べて、もっと高いです。特に辞書や専門書です。これらの本は、学生として使わなくてはいけない物のひとつです。私はよく本屋さんに行きます。実は本を買うことではなく、見るだけに行きます。買わなければならない本が有る時、必ず何回も本屋さんに行って、考えてから買います。今、ロータリー奨学生になって貰って、好きな本が買える事になると同時に、安心して勉強と研究する事ができました。本当に心より感謝しています。 日本に来た後、私に一番感動させることは日本の社員の仕事に対する真面目な態度と会社に心も、体も捧げる精神です。ずっと前、中国にいた時、日本についての小説とテレビドラマで、日本人の勤勉と真面目を少し知りましたが、中国では、日本人は働きすぎるという評論も有りました。日本の社員は入社してから、会社を自分の企業と見なして、誠心誠意的に会社の為に勤めます。日本に来た後、このような誰でも尊敬している精神は、やっと自分の目で見ました。私はこうゆう様子を見て、非常に感動しました。私にとって、本当に勉強する価値があると思います。私はアルバイトを遣った時、仕事の終わる時間が着たら、社員の人はまだやる気満々で、仕事を続ける事をよく見えます。取り分け、四、五十代の社員です。でも、現在の日本社会に、こうゆう精神を持っている若い人が以前より少なくなったと思います。現在、日本の経済は世界第二位で、公認されている先進国です。日本は資源が不足な国ですが、何故戦後の日本は戦争の廃墟から立ち直り、貧困から早く抜け出して、先進国に成ったという事を、他の多くの国が研究や勉強をしています。私もよくこの問題を考えます。私は自分の三年間の留学と生活体験を通じて、日本人は自分の頑強、努力、真面目と団結で、今日の日本を創造したという結論を得ました。 国にとって、経済は政治の基礎ですが、人間も経済を中心として生活しています。現在の経済グローバル化に従って、世界の諸国は、経済発展のためにどの国でも各国同士の繋がりと交流を強める事を重んじています。中国と日本は近隣です。両国はたくさんの分野に、合作の見通しが大きいと思います。例えば、日本の先進した技術と管理制度、中国の豊富な資源と労働力。日中両国は未来に向かって、互いに協力し合い、そして、共同して世界経済の競争に参与すべきだと思います。日本へ留学に来て、いろいろな経験ができました。また、多くの友達を作ることができました。自分の人生に本当に良かったと思います。卒業した後、私は自分の通信分野、日本語、及び日本友人との繋がりを通じて、中国と日本との民間交流、相互理解に自分の力を捧げようと思っています。 以上です。ご清聴を有難う御座いました。 |
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| 「外国人から見た日本の若者たち」 アジアセンター教務主任 ジョン・コラ様(2001/10/04) | |
| 1999年3月に再来日しましたが、驚いたのは、携帯電話の形態や機能の発達と普及率のすさまじさです。しかし、大多数の使用者は低年代の女の子のように思います。彼女達が長時間携帯を手にしているのを見た時、私は使い方が分からないのだろうかと思いました。ところが、彼女達は携帯の達人でした。メールやインターネットへの連結、アドレスの書き換え、ゲームをしているのだとようやく分かりました。オーストラリアでは、十代の若者の携帯所有率はとても低いです。それは殆どの親が「十代の子供に携帯を持たせる必要はない」と考えているのです。 初来日の際には見かけなかったのがルーズソックスをはいている女の子達です。私は、今でもルーズソックが魅力的である理由が分かりません。髪を染めることもここ数年で大きく変わりました。15年前、髪を赤く染めた若者は日曜日の午後の原宿あたりでしか見られませんでした。さらに近頃では、白い唇に青い目、オレンジや黄色、銀、白などの髪をした女の子達さえ現われてきました。大人にとって、ガンギャル、コギャル、ヤマンバの違いを説明することはとてもむずかしいことでしょう。 ところで、日本とオーストラリアの若者を比べますと、日本の若者はとても礼儀正しいです。オーストラリアの若者は、時には非常に無礼で、多くの者が他人を尊重する気持ちを持っていません。殆どがとても反抗的です。日本では、粗暴に見える若者でさえ他人に挨拶したり、敬語を使うことができます。反体制的な者がいないという訳ではなく、西欧諸国の同世代の若者と比べると概して礼儀正しく、和を重んじていると思います。 私は、日本の若者に対していつも温かい視線で見つめています。彼等はこの変化の激しい世界に立ち向かおうとしており、相応に成長し続けていると思っています。現代の若者達も日本固有の素晴らしい文化を新しい世界に適応しながら伝え続けていけると確信しています。 |
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